エピローグ

 エリギデル・オートマータ。


 そんなタイトルで、エリギデル・ミステリーの「内実」とされる「小説」がネットに上梓されたのは、それから三ヶ月後のことだった。バートリューズ・ウェンという筆名で流されたその文章は、小説というよりはドキュメントタッチの取材文に近いもので、エリギデル・フィールドで五年前に生じた戦争の空白の裏にはサヴァイアス連邦が作りだした戦闘用レプリカントがからんでおり、後にその一体が様々な人間の計略によって解き放たれ、イルヴェンの都市に「キリング・ムーン」と呼ばれる殺人者として出現するに至ったと、そうした内容のものだった。
 彼はそれを、「エリギデル・オートマータ」と呼んだ。オート・マータ──自動人形。ゼンマイを巻かれて、さだめられた動きを繰り返す、からくり人形。誰かが壊すまで動きつづける人形だと。
 物語は、人形が都市の「幽霊」とともに街の深みへ消えていくところで終わっている。
 あくまでもフィクションだと、顔を見せない著者はコメントをつけ、それを読んだサーペントは大笑いしていたが、エースは好意的にうけとめていた。「真実の暴露」などと口走った日には圧力で何もかもを消されるか、当人が狂人扱いされるのがオチだ。小説というのは悪くない手法だった。少なくとも物事が人目にふれるし、かかわった当事者たちへの「警告」とはなりえる。
 偽装して──だが関係者には充分真実にもとづくとわかるだけの内容を──さらけだされた文章は、好奇心が強い者たちの興味と話題をそれなりに呼び、それが「真実だ」と主張する人間も出てきてはいたが、著者の正体は明かされぬまま、その話は得体のしれない都市伝説のように拡散し、イルヴェンでは新月のパーティがまた流行った。しまいには小説全体が奇抜な脚色を経て映画に仕立て上げられ、レプリカント同士の殺し合いアクションを配信した会社は小銭を稼ぎだした。
 サーペントはおもしろがって、「足はもう大丈夫?」というメッセージカードをつけた巨大なダリアの花束と消毒薬のセットを、ウェンの代理人のポストへ送り付けた。
 もはやそれは小さなジョークのようになっていた。


 その裏で、連邦は黙々と研究結果を破棄し、さまざまなところから記録を抹消した。だがその動きがかえって仇となり、使途不明の巨額な予算について内部告発が行われ、監査が行われ、事態が裁判にまで発展するや、証言者が次々と自殺するという結果を迎えることとなる。まるでドミノのように。あるいは、ゼンマイじかけの人形が、さだめられた動きを見せているかのように。
 そしてついに、「バートリューズ・ウェン」と同一人物ではないかと噂されていた「セイン・ワートブル」の消息すらも、不明となる。


 その話をゴシップにまぎれて聞いたサーペントは、部屋に戻ると、縦に細長いコリンズグラスを二つ取りだし、帰りに買ってきたカンパリとグレープフルーツジュースにトニックウォーターを少し足して、濃いめのスプモーニを作った。
 はじめて会った時、ワートブルはこれを飲んでいた。
 色鮮やかなオレンジ色のカクテルの片方を窓際に置き、シェルタイプの一人掛けソファに体を沈めて、サーペントは左手に持ったグラスで置いたグラスのふちをはじく。澄んだクリスタルの音がビブラートを含んで流れる。
 それが消える寸前に、微笑をうかべて呟いた。
「ようこそ、亡霊の世界へ」
 乾杯するようにグラスをあげてみせ、唇につけて大きくあおった。

END

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