世界が消えていく。
(すべての輪郭がとけていく‥‥)
あったはずの手触りさえ、指先には感じられない。顔をあげると、彼を囲む大勢の人間が見えた。口々に何か言っている。その中の一人が彼を指さした。
呆然と、彼は人々の顔を見回す。すべてが同じ顔。見分けがつかない。誰もが同じ顔のまま、彼を見つめて何か叫ぶように言っている。声は嵐のうなりのようで、言葉が残らないまま、彼の耳をふるわせて消えていく。
不意に、顔がかゆくなった。あちこちへ引き延ばされるような痛みとともに、無数の虫が這うような耐えられないかゆみが顔全体に生じた。のろのろと手を上げ、顔をふれようとして、彼はその手を見た。
それは血に染まっていた。指も手のひらも指の間も手首も手の甲も。肘まで、ぬらぬらと光る鮮血に濡れそぼっている。右手も、左手も。
恐怖に身が凍る。これは自分の血ではない。誰の血だ?
(アリア=ファスキス──)
アリア!
叫ぼうとしたが、息がつまって声が何も出せない。顔のかゆみは猛烈に彼の顔を引いて、こねまわし、肉の形を変えていく。鼻も唇も頬も額も。
周囲がまた何か叫んだ。彼の顔をさしている。
全員の、同じ顔を見回して、彼は愕然と理解した。自分の顔が何に変化しているのか。自分が何に変化しているのか。
(アリア──)
救いを求めるようにその名にすがって、追いつめられたまなざしをあちこちにとばす。
その時、見えた。鉄塔からぶらさがっているボロ布のようなかたまり。力のない手足に服の名残りがまとわりついている。むきだしになった肌は傷に覆われ、血が汚して、無事な部分はほとんどない。
(アリア!)
絶叫して、自分の腕を宙へさしのべる。また救えない。また殺してしまった。また俺は血まみれでお前を‥‥
周囲がどっと笑った。
自分の顔が彼らと同じものになったのを感じながら、彼も大声で笑いだしていた。笑いながら、涙があふれてとまらなかった。