ホテルに取った新しい部屋へころがりこむ。移動し続けることは、彼らにとって不可欠のことだった。
部屋は、メインルームにツインの寝室がつながった、あっさりしたものだった。習慣になっている動作で部屋の安全をチェックし、警報の類いを仕掛ける。
埃をシャワーで洗い流したエースが髪を拭いながら出てくると、一足先にシャワーをすませたサーペントがソファから微笑みかけた。襟の高い白いシャツの胸元をはだけ、細身のデニムに包んだ脚を組んでいる。片手にビールの缶。もう片手に何か持っている気配はあったが、エースからは見えなかった。
「入金確認できたよ。仕事の方」
「──ああ」
最初の目的だった、あの男に液状エクスプローダを仕込んだ話だ。うっかり、エースは忘れていた。青い目をまたたかせ、額におちる湿った金髪を払って、彼はうなずく。
「よかったな」
サーペントが、ラベンダーの目を糸のように細めた。
「ホントに。ねえ、エース。キリング・ムーンを見たんだろ?」
「‥‥‥」
「何で嘘をつく」
その声はやわらかかった。怒りの気配など微塵もない。そしてそれがどれほど危険なことか、エースはよく承知していた。
吐息をつき、エースはそなえつけの冷蔵庫へ歩みよって、ビールを取りだそうとしゃがみこむ。背後でサーペントが立ち上がる音がしたが、彼はふりむかなかった。絨毯はそう厚地のものでもないくせに、サーペントはまるで足音をたてない。
すぐ背後に立ったサーペントが、そっとたずねた。愛でも囁くように。
「エリギデルで何があった?」
ビールのプルトップをあけようとしていたエースの指が、一瞬凍りついた。サーペントがそれに気付かないわけがない。彼は静かにこたえた。
「知らん。俺はあの戦争には関係な──」
首すじに異様な灼熱と衝撃が叩きこまれ、エースの全身が痙攣した。視界が一瞬にして真紅に染まり、体の内側に数千の針がさしこまれたような痛みがはじける。あえごうと口を開けたが、声を出すことはおろか息を吸うこともできない。半分口の開いた缶が床に落ちてころがっていくのを、ぼんやりと痺れた感覚の向こうに感じた。
ぐいと髪をつかんで後ろへ引きずられ、エースの体は硬直したまま床へ倒れこんだ。サーペントの笑顔が彼をのぞきこみ、首すじへ冷ややかな端子を強く押し当てた。針のように細い金属端子が複数突き出ている。マイオトロンに近いが、電流と高周波パルスを同時に流すスタンパルサーだ。サーペントがビールと逆の手に何を持っていたのか、エースはやっと悟っていた。
耳の中で血が轟々と渦巻いて、息ができない。全身の肉という肉が骨から引きはがされるような苦痛が荒れ狂う波を打つ。サーペントが顔を近づけ、耳元へ囁いた。
「エリギデル・ミステリー。ティエスダットとレボリアの小さな国境紛争地帯、エリギデル・フィールドで、三年前に行われた戦闘。あそこにお前がいたなんて、俺も知らなかったよ。連邦がコカインの利権がらみでティエスダットの裏にいるって話はきいたけどね」
エースの胸が大きく上下に動き、やっと息を取り戻して、彼は呻いた。スタンパルサーはそもそも人を無力化させるための武器だが、サーペントが手にした改造タイプは人に苦痛を与える目的のものだ。脳神経をダイレクトに焼く苦痛を、こらえるすべがない。
サーペントは顔を上げ、間近からエースの目を見つめる。そこにたぎる苦痛を確かめるように瞳をのぞきこみながら、つづけた。
「戦闘は突如終結。連邦はエリギデルを土壌汚染の名目で封鎖。大量の死体袋が消費された記録があるくせに、エリギデルで死んだティエスダットの軍人はわずか38名。連邦に関しては不明だが、表向き、連邦はひとつも部隊を派遣していないし。お前のように、名前も身分もない人間以外は」
「‥‥‥」
「その一月後、戦争は休戦条約締結により終了。エリギデルで何があったのか、どんな兵器が使われたのか、今に至るまで不明。‥‥何があった、少佐? お前はエリギデルで何をした?」
「‥‥‥」
エースは口をあけたが、舌が痺れて声が出せない。動かそうとした体に焼かれるような痛みがはしった。神経が完全にパニックし、わずかな筋肉の動きも痛みとして感じているのだ。
どうにか、頭を少しだけ左右に振る。サーペントが微笑した。左手が動く。
脳天まで稲妻が貫いたようで、倒れたままエースが痙攣した。激痛が体中を裂くようにほとばしり、指先にまで渦巻く。ひとつの巨大な痛みではなく、体のあらゆるところが痛みを感じて全身の細胞が次々と爆発しているかのようだ。
ほとんど一瞬のことだったにちがいない。それはわかっていたが、苦悶はまるで永劫だった。全身から汗が吹き出る。失神するかと思ったが、サーペントは巧みに刺激のリズムと与える場所を加減して、限界以上の苦痛が及ばないようにしていた。
「お前は、言わないと思うんだよね」
エースをまたいで胸元に座りこみ、立てた膝に右手で頬杖をついて、サーペントはにっこりした。無邪気で透明な笑顔には何の悪意もない。わずかな温度すらもない。人の命を何とも思っていない時の目をしていた。脈打つ血管が浮かび上がったエースの首すじをスタンパルサーでなでながら、瞳と同じ、澄んだ笑みをふくんだ声で言った。
「お前は、そういうヤツだ。だけど俺もね、聞かないですませる気はないんだよね。お前、薬には耐性持ってるから効かないしなー。あんまりいい方法が思いつかなくてさ。言っとくと、早めにしゃべってくれればお互いに手間はへる。ほら」
荒い息をついて目をとじたエースの頬を、スタンパルサーでこづいた。
「痛覚ブロックする? そうカンタンにいくと思う?」
エースがまぶたを薄くあけた。かすれた声を出す。喉を息が通るだけで、針で貫かれるような痛みがあった。
「‥‥言えることは、ある」
「嘘ついたその口で言われてもねェ──」
サーペントは小首をかしげる。一見微笑しているようだが、ラベンダーの瞳の奥にまぎれもない純粋な怒りのきらめきを見て、エースは内心嘆息した。やはり、嘘をつくのはいい考えではなかったらしい。
サーペントがそっとたずねた。
「キリング・ムーン?」
一瞬、血まみれの姿がよみがえった。
「あれについては‥‥、言えない」
「可愛いことを」
スタンパルサーをエースの首から離し、サーペントは腕を背中の方へのばした。エースの目を見つめたまま、ジーンズの上からスタンパルサーの先端で敏感な場所をさぐる。エースがたじろいだ瞬間、股間のすぐそばに凄烈な激痛がはじけた。エースの視界が色のない光に満たされ、全身の血が苦悶にたぎって、首をのけぞらせ、小刻みに痙攣する。
ふつうなら失神する、それほどの苦痛だったが、二度にわたって事前に与えられた苦痛のせいで、体は痛みに慣れていた。それもまたサーペントのやり口だ。意識が明瞭なまま体の芯まで激痛に満たされ、ただ、全身がちぎれるような苦痛になすすべもなかった。
サーペントが囁く。
「言って御覧」
エースは首をふる。息ができずにあえいだ。肺にまったく呼吸が入ってこない。サーペントの唇がつりあがって奇妙な笑みをかたちづくった瞬間、激痛がふたたび奔騰し、世界がぐるぐる回りだして、エースを灼熱の中へ呑みこんだ。
‥‥濡れた感触が唇を這っている。
エースは、重く痺れたまぶたを上げる。ぼんやりと、白い。全身が、何か分厚い膜のようなもので覆われているようで、すべての感覚が遠くからゆらいでつたわってくるようだった。指一本、動かすのにひどい苦労をおぼえる。
「まだ動くな」
サーペントの声が囁いた。口元へ吐息のぬくもりを感じる。エースがそれでも身じろごうとすると、サーペントの指先が首すじを這い、頚動脈をぴたりとおさえた。
「動く気なら、オトすよ。‥‥いいから、いい子にしておいで」
溜息のような息をこぼし、エースの体から力が抜ける。サーペントはゆっくりとその唇をねぶってから、エースの目元を濡らす涙を舌先でなめとった。苦痛の反射だ。エースの肌が、舌の先でかすかにふるえた。サーペントは汗に濡れた肌をやわらかくなめながら、首すじへ指先を這わせた。ゆっくりと、指に力をこめ、かたくこわばった首から肩にかけての筋肉をもみほぐしていく。
数分、丁寧な手つきでマッサージをくりかえすと、浅かったエースの息がやっと深さを取り戻した。皮膚をふるわせていた痙攣もおさまる。エースはゆっくりと腹へ息を吸いこみ、呼吸をととのえながら、全身の感覚を少しずつとりもどす。
サーペントの唇が頬をゆっくりとねぶり、耳元までやわらかにじっくりなめた。強靱な指が、エースの首の後ろをほぐす。
エースは静かに息を吐いた。苦痛は目覚めた時にはもう失せていた。だが、それに抗しようとした体の硬直が全身をガチガチにこわばらせている。サーペントの指がひとつひとつこわばりを探り当て、ほどいてゆくのがわかった。体に残った違和感がゆるやかに引いていく。
声をためしてみる。喉がカラカラだったが、どうにかマトモな声が出た。
「言えることと言えないことがあるし‥‥覚えてないこともある」
「へぇ?」
エースの頭をかかえるようにして、首の後ろから後頭部の頭皮をほぐしながら、サーペントが眉を上げた。それからエースの頭をそっと下ろし、その唇へ指をあてて「黙れ」の仕種をする。床へ転がっているビールの缶へ手をのばした。エースが落としたもので、開きかけた口から中味が多少こぼれてはいたが、サーペントは中に残ったビールをあおった。
エースに唇を重ね、生ぬるいビールを流しこむ。エースはかわいた喉でビールを飲み干した。ヒリヒリとした痛みをともないながら、酒は喉から腹へとおちてゆく。
コホッと小さく咳込んだ。サーペントが口を離し、エースの口元からこぼれたビールをなめとって、ゆっくり耳元へ舌を這わせる。
「覚えてない?」
「記憶をブロックされてる。エリギデルに関してはな。そういう措置を受けた」
「催眠暗示?」
「おそらく。だが、なるべくなら、ブロックを破ろうとするな。たとえどんな手段でも」
エースは淡々と呟いた。サーペントが顔を上げ、エースの頭の横に手をついて見おろす。ラベンダーの目をほそめた。他人の記憶を吸いだす手段は──何一つ合法ではないが──色々ある。
「デス・ペナルティ?」
「そう。何かがトリガーになれば、俺は死ぬ。何がトリガーになりえるのかは知らん。エリギデル・ミステリーが今に至ってもミステリーたりえるのは、誰も語ることができないからだよ、サーペント」
「ペナルティが本当に存在するとは──」
「仲間が死んだ」
さえぎったエースの声は苦かった。サーペントはまばたきもしない。端麗な貌に表情と言えるものはなかったが、ゆっくりとうなずき、
「じゃあ俺から聞こう。イエスとノーで。エリギデルにいた?」
「いた。軍の任務で」
「作戦名と上司の名を覚えてる?」
「いや。空白」
「何があったかは記憶してる?」
「多少の記憶はあるが、内容は言えない」
「どうして」
「言いたくない。今は」
サーペントは小首をかしげて、エースを見つめていた。ふっと口元にやさしげな微笑のようなものが揺れて、のばした手でエースの頬をなでる。唇を爪の先でなぞりながら、笑みを含んだ声で、
「俺がお前に手加減すると思ってるんだ」
「手加減はどうだか。殺しはしないだろ?」
「うっかり手がすべるかもしれないのに」
「そんなミスは、お前はしないよ」
言いながら、エースはかるく指先を動かしてみた。動く。パニックをおこしていた神経が、サーペントのマッサージで正常な反応を取り戻しつつある。左手を持ち上げ、額にからみつく前髪を払いのけた。苦痛のショックは、人間から正常なリズムを奪う。まだ体の奥にするどい混乱が巣喰って、ふとした動きに心臓が乱れそうだった。
「大体、お前は何でエリギデルなんかに興味を持ったんだ。本でも書くか?」
「いいねそれ。エース。エリギデルで誰か殺した?」
「──ああ」
「誰を」
エースは一瞬、目をとじた。あけると、サーペントの微笑が真上に見えた。クリームブロンドが頬から落ちて、エースの顔をくすぐる。
「上官」
サーペントがヒュッと口笛を吹いた。
「上官の名前は覚えてないんじゃなかったか?」
「ブロックされてる。だが殺したのは知っているし、わかっている。その時の記憶もあるし、半月、懲罰房に入れられて少しばかり楽しい思いもした」
「軍法裁判は?」
「そんなもんあるか。表向きには降格もなしだ。かわりに財産の8割を没収された──」
淡々としていたエースの声が途切れた。サーペントの指先がジーンズの前を開け、内側から彼の欲望を引きだす。それはまだ反応を見せてはいなかった。もう一度キスして、サーペントは体を下げると、エースのそれに指をそえ、下から先端までゆっくりなめあげた。エースが身じろぐのを確かめながら、指を回して丁寧に愛撫をくわえはじめる。
「俺の知り合いにね。フェリカちゃんってのがいるんだけど、これが脳移植の中毒者でさぁ。人造ボディをとっかえひっかえしてんの。一つのカラダに入りっぱなしだと、免疫反応で脳が腐ってくるから、定期的にボディを換えないと生きていけない」
「ん」
相づちとも呻きともつかない声を洩らして、エースは手をのばし、飲みかけのビールの缶を取った。仰向けに寝たまま、用心深くビールをすする。まだ冷たい。結局、大した時間はたっていないということだ。
サーペントの指がジーンズの上から太ももの筋肉をなぞり、残ったこわばりをほぐしはじめた。
溜息をついて、エースがたずねた。
「それがテレパスか。お前をマインドトレースしていた‥‥」
「そう。大したテレパスじゃないけどね。外より内側に力がはたらいちゃうタイプ。生身の体だった時は、体の中に自分の意識が共鳴しちゃって大変だったらしい。脳移植するまで、薬で脳の一部を麻痺させて生きてきたって」
「で、それが──?」
サーペントはエースの膝を立てると、右手で欲望をしごきながら、左手の指で根元から袋の裏までを弄びはじめた。エースが短い呻きを洩らす。淫らな手の中で、それは硬くなっていた。サーペントが唇を笑みの形に歪める。
囁くように、
「連邦は、エリギデルで戦闘レプリカントの実戦テストをやったんだって?」
「‥‥成程。レプリカントボディの情報がほしいのか、フェリカとやらは」
愛撫の指が力を増した。エースが息をつめる。サーペントの声は笑っていた。
「理想のカラダを探してるのさ。レプリカントのデータをずっと探してるらしいよ。──何か、言えることない? 奴に対してあげられる情報は?」
「ない」
サーペントが口の中へエースのものを含んだ。熱く濡れた感触につつまれ、舌に強くなぞられて、鮮烈な快感が下肢にはしる。
エースは押し殺したような声で言った。
「レプリカントに関して、そいつの役に立つような情報はない。言えないことは色々あるが、それはまちがいない。あれは使えない。もう一度ためしても同じだよ、サーペント」
ん、とくぐもったような返事がサーペントの喉の奥から洩れた。頭をエースの股間にうずめ、口腔全体でしごいてから舌をからめ、かるく歯をあてるようにして熱い欲望へ小刻みな刺激を与える。舌腹で怒張したものをこすりあげ、口から抜くと、亀頭を含んでやわらかくなぶった。エースの裸の胸から腹にかけ、荒く息づくのが見える。愛撫しながらサーペントも情欲の呻きを上げ、頭を揺すって、喉の奥まで深く呑みこんだ。
エースが上体を起こす。体内にまだ凝ったような緊張があったが、それは苦痛に対する防御反応の名残りで、痛みはまったくなかった。サーペントの手際につい感心しそうになって、苦笑する。
サーペントは、エースのものを深々と口に呑み、頬をすぼめて吸っている。欲望は完全に硬くそそりたっていた。ふっと満足げな息をこぼすと彼はゆるやかに顔を上げ、先端を唇に含んだまま、上目づかいにエースと目を合わせた。唇からのぞかせた舌をちろりと怒張にからめ、挑発的に笑う。
エースは青い目でサーペントを見つめ返した。手をのばし、サーペントの額から頬に落ちる髪を耳の後ろへかきあげてやる。視線を合わせたまま、襟の後ろへ指先をさしいれ、ふれるかふれないかのかすかな愛撫を肌に与えた。サーペントが肩で息をつきながら、露骨な唾液の音をたてて舌を這わせ、上あごで欲望の先端をこする。どちらの息も荒く、肌は情欲に汗ばんでいた。
指がエースのそれを根元から強くなぞりあげ、舌がやわらかく吸った。つづいて強く含み、頬全体をすぼめて吸い上げる。エースが呻いてサーペントの肩をつかんだ。互いに視線は外さない。エースの全身を波のような快感が抜け、腹筋がひくりと痙攣する。もう片手でクリームブロンドをつかみ、サーペントの頭を固定した。低い声を洩らし、絶頂を解放する。
サーペントが微笑のかたちに目をほそめる。陶然とエースを見上げたまま両膝をつき、放たれた熱い精液を口に受けとめて、喉がゆるやかにうごいた。
肩をつかんだ手に力をこめ、エースは激しい動作でサーペントの顔を上げさせると、そのシャツの前を一気に引きちぎった。乱暴に抱き寄せ、肩から脱がせる。そでが抜けかかったところで両腕にシャツのすそを巻きつけ、縛った。後ろ手に肘をあわせて拘束する。サーペントは逆らわずにエースへ体重を預け、首すじをゆるく噛んだ。
耳元へ囁く。
「ごめん」
エースはサーペントの体を絨毯へ乱暴に倒し、肩を強く押しつけて、間近からのぞきこんだ。青い目にするどい笑みがチラッとかすめる。
「あやまるな。悪いなんて思ってないくせに」
サーペントが微笑をかえした。唇から精液のすじが白くつたっていた。
「お前は、ホントに俺をよく知ってる‥‥」
「ああ」
荒い声で囁いて、エースはサーペントの脚からスリムパンツを引き抜いた。サーペントの欲望はもう硬くなって、エースの指がふれると無言で甘く呻いた。容赦なく指でしごきあげながら、エースはサーペントの首すじへ舌と唇を這わせた。耳朶を噛み、もう一方の手で肌を強く乱していく。
「んっ‥‥」
「知ってるだろうが」
鎖骨のくぼみを舌先でえぐると、サーペントの全身がふるえた。エースの声にたぎる欲望と、隠しきれない怒りの熱さが躰の芯にダイレクトにつたわるようだった。腰からわきあがる愉悦に呑みこまれながら、サーペントは首をのけぞらせた。体重がかかるたび、後ろ手にからめとられた腕に痛みがはしったが、それすらも快感の一部となって身にたぎった。
かすれた声で問う。
「何──?」
エースが笑って囁いた。
「お前は、最低だよ」
サーペントが高い笑い声をあげた。長い笑いがエースの愛撫の下で熱い喘ぎに呑みこまれ、とぎれとぎれの呻きと、汗ばんだ肌が擦れる音、淫猥に唾液をからめる愛撫の音だけが長くつづいた。エースは体を離して立ち上がり、寝室からジェルの瓶を取って戻ると、指にからめはじめた。
床へ熱い体を倒したまま、サーペントが呻くように言う。
「ホントに、お前は俺をよく知ってる。お前だけが‥‥」
エースはサーペントの唇を強いキスで覆い、舌で相手の舌を封じた。からめて、むさぼるように吸う。
ふいにサーペントが悲鳴のような声を上げた。
「あっ! んっ‥‥エース──」
右膝を胸につくほど折り曲げられ、さらけだされた後ろにエースの指が一気に入ってくる。いつもよりはるかに荒々しく深みを乱して、一気に引き抜く。もう一度ジェルをつけ、指をふやしてさらにえぐった。奥へ深めた指で執拗にさぐると、サーペントの声と躰が乱れ、息をはずませて切れ切れにあえいだ。
「ああ──、あっ! もっと──」
叫んで腰をくねらせる。肌を紅潮のいろに染めてためらいなく乱れる彼を見つめ、エースは低く呻くと指を引き抜いた。両足首をつかんでぐいとひろげ、膝を押しこむようにしながら、脚を肩へかつぎあげる。サーペントの欲望は硬くそそりたち、快楽に追いつめられたその先端から先走りの雫があふれだして滴っている。その後ろの窄みへ己の怒張を押し当て、エースは容赦なく一気に貫いた。
熱い中を欲望が擦り上げる。サーペントが体をのけぞらせ、何か口走るように叫んだ。苦痛とも快楽ともつかない強烈な声だった。汗のしたたる肌をうねらせ、忘我の表情でエースを呑みこんだ腰をそらせる。
きつく熱い内側へ躰をうずめて、エースは荒い息をつきながらしばらく動かなかったが、焦らすようにゆっくりと引き抜いた。ぴんとそらしたサーペントの首にするどい筋がはりつめている。ほとんど抜かれると、求めるように腰をくねらせた。
動きを殺すようにじりじりと、エースはもう一度貫いてゆく。スポット寸前で焦らすと、サーペントが呻いた。
「早く‥‥あああ‥‥畜生、てめェッ──」
「お願い、って言ってみるか?」
からかいながら、エースはまた腰を引く。彼の息も荒く、熱くうねる快楽に今にも呑みこまれていきそうだったが、彼を受け入れながらなすすべなく乱れるサーペントの姿は最高に魅惑的だった。憎たらしい、愛しい、どうしようもない相棒。
「馬鹿ッ‥‥!」
蜜をしたたらせる先端を指先でやわらかくこすられて、サーペントは悲鳴をあげた。エースが強い動きで腰を沈める。サーペントが乱れた腰をエースへ押しつけ、自分の感じる部分を求めて背を反らせた。
「あああっ‥‥ああっ!」
エースも荒い呻きを洩らし、サーペントの体をさらに折り曲げると、深い角度からたてつづけに突き上げた。性感を強く貫くとサーペントの声がかすれて途切れ、焦らすと喉の奥からすすり泣くようなあえぎを上げた。腰がはねあがるが、エースが両手でそれを抑える。突き上げて、またゆっくり抜いた。
「エース‥‥もっと──畜生、もっと、ああっ──ふざけんな‥‥っ」
「もう少し可愛く」
「うるせェ! あああっ」
深く沈め、腰を回すと、喉をのけぞらせて声をあげた。悪態をつきながら全身をくねらせる。エースは汗にまみれた腰をつかんで短い動きを送りこみ、貫いて、荒い声を洩らしながらもっと奥を求めた。熱く、くらくらと脳天がしびれる熱と愉悦に全身がふるえるほど満たされて、ただ突き上げ、貫く。高まっていくリズムにサーペントが言葉にならない声をこぼし、エースに全身でこたえた。
喉から荒い息を上げ、サーペントの全身をするどい痙攣が抜ける。エースのものを体の奥へ強く締めつけながら頭を左右へ振った。サーペントの精液が二人の肌へほとばしる。エースが呻いてさらに強い動きで突き上げた。ほとんど憎しみのような強烈な衝動に全身を支配されている。信じられないような灼熱の官能が体の奥からたぎり、脳天までかけぬけた。
サーペントが高い声をあげて腰をゆする。その奥へ、エースは激しい声とともに欲望をときはなっていた。倒れるようにサーペントの上へ伏す。
荒い息づかいがあたりを乱し、体を重ねたまましばらくどちらも動かなかった。
やがて、エースがゆっくりと体をおこし、サーペントの脚を肩からおろした。その脚を自分の腰へからめさせ、サーペントの背に腕を回し、体をつなげたまま抱き起こす。
サーペントは長い呻きをあげて、汗に濡れた頬をエースの肩へおとした。その背中へ手を回し、エースはサーペントの腕を拘束しているシャツをといてやる。ほどきながら、首すじへやわらかく唇を這わせた。
囁く。
「サーペント」
シャツが床へ落ちた。サーペントは自由になった腕をエースの首へ回し、甘い吐息を洩らしながらエースの背を抱いて、金髪をかき乱した。
「エース‥‥エース──」
肌を激しくあわせ、首すじに狂おしげなキスをからめる。エースはサーペントをきつく抱きしめ返し、汗の匂いがする髪へ顔をうずめた。
やがて、ふたりはどちらからともなく唇を重ね、濡れた舌をからませて、熱烈なキスを深くかわしはじめた。
二時間ほど眠って覚醒した時、サーペントの姿はすでに消えていた。