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【4】

(生きて──)
 何もかもが、一瞬に崩れる。


 館の扉が砕かれていく音がする。振り降ろされる鉄槌の音が、雷鳴のように館を揺らしている。怒号がきこえる。すべてが揺れている。
 悲鳴をあげ、わけもわからず恐怖に身をすくませる。恐慌にとらえられながら、涙だけはこらえたが、声は上ずった。叫ばないのがやっとだ。
「マキア、マキア──」
 廊下から、マキアが息をはずませて駆けこんできた。ドン、と鳴る。棚に立ててあった小さな額が倒れた。
 マキアはいつもの足首までの白いドレス姿だったが、結い上げた髪が乱れてひとすじ口元へ落ちていた。壁際にちぢこまっている彼の前へ走り寄り、膝をついて目の高さを合わせる。雷鳴のように何かが裂ける音がひびき、怒声がいっそう大きさを増した。
「このマキアの申すことを、しっかりお聞き下さいませ。──母上様が、陛下へ毒を盛った罪で、反逆者としてとらえられました」
 低く、強い声で早口に言う。彼はマキアを茫然と見つめた。マキアの目は見たこともないほどきびしく、顔は青ざめていたが、頬は汗ばんで、そこだけにひとすじの紅潮が浮き上がっていた。
「一族の方々へも死罪の咎が及んでいるとのこと。あなた様も、これより裁罪の場にてその罪を問われます」
「‥‥‥」
 王への反逆は、反逆者の血につらなる者たちへの冷徹な報復をもってあがなわれる。そのことを知ってはいたが、いきなり我が身にふりかかったことを理解できず、声もない彼の体を、マキアが強くゆすった。
「あなたはまだお小さい。おそらく、慈悲による天秤が下されるでしょう。お聞き下さい。私の一生のお願いを申し上げます」
 彼はマキアを見つめた。マキアも彼を見つめていた。
「生きて下さい。つらくとも、苦しくとも、生きる道をえらんでください。マキアもまた、かなう限り、あなた様とともに生きて参ります。あなた様をお一人には致しません」
「マキア──」
 それまでとは桁違いに大きな音が鳴り響いた。あっというまに館の中へ武器を持った衛士がなだれこみ、彼らを取り囲んでマキアを彼から引きずりはなす。逆らおうとしたマキアは頬を殴り倒されて床へ落ちた。その腕を男たちがつかみ、彼女を引きずるように部屋の外へつれていく。追おうとする彼の腕を誰かがつかんで、痛むほど上へ引き上げる。叫び声だけは出すまいと、なけなしの誇りをふりしぼって歯を噛んだ彼の耳に、どよめくような狂騒をこえてマキアの細い声がとどいた。それは悲鳴のようだった。
「生きて──」
 肩が外れるかと思うほど強く引かれる。苦鳴を喉からふりしぼって、全力でもがき、自分をつかむ相手を蹴りながらマキアの名を呼んだ。次の瞬間、額にひどい衝撃がはしる。苦痛はたちまち遠ざかって、吸いこまれるように意識を失っていた。