Whale song

 頭の中で何かがとびまわっている。ひどいノイズに頭蓋が割れそうだった。脳の一番中心に、下手なブラスバンドが居座ってめいめいチューニングの狂った楽器を合わないリズムで鳴らしたてている。
 いや、ブレーメンの音楽隊か? と、子供の頃に読んだきりの絵本をぼんやり思い出し、確かロバがいたんじゃなかったかなと記憶の隘路を必死にたぐってみる。何かがおかしい。ニワトリ? ニワトリはいた。そう。一番上に。
 それはそうだ、ニワトリの上に何かがのったらトリ肉ができてしまう。
(おかしい──)
 ノイズは脳のすみずみまでふくれあがり、血管を圧迫し脳髄を押し縮める。ほとんど脳の存在だけしか感じなかった。手も足も心臓すら、肉体という肉体を失ってしまったかのように、体がどこかへつながっているという実感がない。体の温度を感じない。肌の感触を感じない。自分の体重を感じない。世界は真空で何の空気の動きもない。
 まるで電脳にはじめてつないだ時のようだった。接続先から流れ込んでくる情報を脳がどう扱ったらいいかわからないまま、揺らぐデータをかかえこんでフラストレーションに悲鳴を上げ、その動きをとめる。残るのはただ意味のわからないノイズ。
 ノイズしか聞こえない。意識が呑み込まれていく。
 何故だ?


(助けて!)


 救いを求める叫びがすべてのノイズを一瞬に焼き尽くす。白く灼けたマグマのような叫び。息もつけないほどに彼を満たす。強烈で純粋な、それは悲鳴。細胞のすみずみまでもを打ち鳴らし沸騰させ深くエコーの傷を刻む。
 こだまが返り、残響が重なり、重なり、重なりあって、遠く響きが戻ってくる。叫びの尾はさざなみのように言葉の輪郭を失い音だけを残して彼をとりまき、ざわめき、満たしていく。ノイズ。無数の悲鳴のエコー。それしか聞こえない。それしか感じない。


 助けて──


 何かあたたかな波のようなものが彼にふれ、彼をつつむ。やわらかいフィルターに幾重にもくるまれたように悲鳴が遠ざかり、破裂しそうな頭蓋の痛みが失せてやっと息がつける。それでもまだ神経の至るところに砂が入り込んできしみをあげた。苦しい。誰かが彼を呼んだ。遠くからぼんやりと響く優しい声にすがりつく。離せない。ほかになすすべもなく。どこまでも落ちていく。