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【13】

 ──わかっていない。
 多分。
(あれがはじめてではない‥‥)
 レイヴァートは覚えていないだろう。イユキア自身、今回のことがあってやっと思いあたったことだ。あれがどういうことだったのか、あの時、何がおこっていたのか。
 こうして体を重ねるより以前、ただ黒館の主と王城の騎士としての関わりを保っていた時、レイヴァートはやはりイユキアにふれ、イユキアを癒した。あれが何であったのか──イユキアはあの時、気付くことができなかった。あまりにも予想外のことだった。
(レイヴァートは気付いていない‥‥)
 あの時、何の絆が彼らをつないだ? 何故──あんなことがおこったのか。わからない。レイヴァート以上に、イユキアには理由がわからなかった。誰かとそんな絆を結んだこともない。レイヴァートとは、尚更。
 ──彼は、王城のものだ。
 レイヴァートが、ソファにかかっていた毛皮を暖炉の前に引きおろした。その上に横たえられながら、イユキアは炎が濃く影をつけたレイヴァートの姿を見上げた。服を取り去ったレイヴァートの右半身が炎にはっきりと照らされ、左半身には濃い影が踊っていた。息をつくたびに、きたえられた胸の筋肉が大きく動く。レイヴァートの息はかすかに荒く、首すじのはりつめた線が息のたびに揺れた。
 深緑の目が炎をうつして光る。自分を見おろす目に、イユキアは飢えた情熱を見る。まっすぐにイユキアだけを求めてくる目だ。見つめられると、くちづけを受けた時のように体の芯が甘くしびれた。飢えと乾きがあまりにもはげしく呼びさまされて、心がきしむようだった。
(どうして──)
 レイヴァートの指が頬から銀の髪を払い、ゆっくりと身をかぶせて唇を重ねた。肌が重なる感覚にイユキアはぞくりと息をつめる。それだけで我を失ってしまいそうだった。
 頬から首すじへと唇を這わせながら、ふっとレイヴァートが笑いをこぼす。息が耳元にかかり、イユキアが身をふるわせた。レイヴァートは顔を上げ、微笑を含んでイユキアを見つめた。
「いや。この冬で1年になるかと思ってな。はじめてお前を抱いてから。‥‥冬の終わりだった。覚えているか?」
「‥‥忘れませんよ」
 イユキアはうるんだ声で囁き返した。忘れないだろう。あんなふうに身が灼けるような思いをしたのは、はじめてのことだった。ほかの誰かと身を重ねたことがないではなかったが、レイヴァートに抱かれてイユキアははじめて人と肌を合わせる幸福を知った。‥‥そして、快楽も。
 額から頬へ、そしてあごへ指でなでおろしながら、レイヴァートは思い出す口調でつぶやく。
「はじめて会ったのは‥‥夏か。あの時、何て淋しそうな顔をしているのかと思った‥‥」
 あごを指先でなでられ、イユキアの睫毛がふるえた。人さし指の背が唇をなぞると、素直に口をあけてレイヴァートの指を口に含む。酔ったような表情のまま、丁寧な舌を指へからめて、レイヴァートを見上げた。どこか淫靡な表情と仕種に、レイヴァートが長い溜息を吐き出す。
 指が動き、イユキアはさらに入ってきた指を強く吸いあげた。いつも剣の手入れをしている手には、かすかに鉄と油と皮の匂いがする。その香りが唾液とともに口の中にひろがった。レイヴァートがいつも漂わせている匂いだ。
 口の中をさぐる指へ、執拗に舌の愛撫を続けた。イユキアの息が荒くなる。自分の行為に感じていた。瞳が潤むのを見おろして、レイヴァートが愛しそうに目をほそめた。
「はじめのうち、お前はまるで、俺を嫌っているようだったし。随分と用心したものだったな」
 イユキアは少し目を見ひらいたが、何も言わずに──言えずに──吐息をこぼしてレイヴァートの指をかるく噛んだ。小さな反論。レイヴァートが微笑して指を抜き、濡れた指の背でイユキアの頬をなでる。そのままゆっくりと、首すじ、肩、腕、胸元と手のひらをなじませるように肌へ這わせると、イユキアが呻いた。重ねた体にレイヴァートの昂ぶりがはっきりと押し付けられ、自分のそれもまたレイヴァートの体に押しつけられている。炎に照らされたためだけでなく、互いの体は熱かった。
 レイヴァートが首すじから肩へ舌を這わせ、鎖骨のくぼみを舌先で執拗になぞった。イユキアは呻いてレイヴァートの背へ腕を回す。炎に熱せられた空気は2人が動くたびに揺らぎ、冷気が汗ばんだ肌をひやりとなでた。
「レイ‥‥」
 名を呼んで、イユキアは首をのけぞらせる。胸元をすべったレイヴァートの唇が乳首を含み、執拗に舌先でこねあげた。甘い痺れが全身にひろがる。軽く歯を立てて引かれると、イユキアは頭を左右に振ってレイヴァートの肩を強くつかんだ。
「駄目──、あっ‥‥」
 今からささいな抵抗も願いも受け入れられるわけがない。それにイユキア自身、そんなことを望んでもいなかった。レイヴァートの愛撫は強さを増し、もう一方の乳首をたっぷりと口に含みながら右手でイユキアの脚を割り、そそりたつ楔を握りこむ。
「んあっ」
 息をつめたが、甘い声がイユキアの唇からこぼれた。レイヴァートの手で数回しごかれると、楔は先端からにじむ先走りの滴で濡れていく。体のすべての感覚がそこと、レイヴァートの含む乳首にあつまっていくような気がした。両方に生じる快感が体の奥で入り混じり、交錯して、もっと強いうねりを生む。楔の先端にゆるく爪をたてられて、イユキアは悲鳴をあげて腰をよじった。
「やっ、ああ‥‥、くっ‥‥」
 するりと手が離れ、レイヴァートが身をおこした。愛撫をねだるようにイユキアの腰が浮く。その膝をつかんで両手で左右にひろげ、動きを抑えこみながら、レイヴァートは炎が照らすイユキアの姿をじっと見つめた。細い体は、にじむ汗とレイヴァートの唾液に光り、赤い陰影に照らされて、のけぞった首もとに残したばかりの愛撫の痕が見えた。
 骨がもともと細く、腕も脚も華奢で、尻も痩せている。肘や膝の関節ははっきりと骨張った形を見せていた。ただ細いというより、どこか脆そうな、その肢体にはまるでまだ少年の体のようなところがあった。愛撫を散らした胸元が荒い息のたびに大きくふくらむ。
 見られているだけの状態が続き、羞恥の声を洩らしたイユキアが膝をたて、脚をとじようとする。膝頭にあてた手でその動きを易々と封じ、さらに大きくひらかせて、レイヴァートはじっくりと眺めた。どうにも愛しく、扇情的な姿だった。上気した肌にはつよい陰影が落ち、イユキアが身じろぐたびに影がゆらぐ。脚のつけ根の淡い茂みからそそりたつものはたしかに男のもので、硬くはりつめた形が炎に照らされている。視線で感じたのか、先端からまたとろりと滴があふれた。
「や‥‥」
 イユキアが頭を横に倒して呻く。感じている声だった。顔にもつれた髪がおちる。
 膝をつかんだまま親指で膝頭の内側をなぞると、イユキアがまた悶えた。
「レイ‥‥っ!」
 レイヴァートの唇が笑みを刻んだ。溺れはじめている。快感に我を失いかかる、そのぎりぎりの姿がどうしようもなくそそった。ゆっくりと身をかぶせ、背中に腕を回してイユキアを抱きおこした。すがりつくイユキアの体を強く抱きしめ、首のつけねに唇をかぶせて吸う。イユキアが細い呻きを洩らしてレイヴァートの背に指先を這わせた。
 腕を解いてイユキアを座らせると、レイヴァートはひらかせた膝の間にひざまずいた。顔を伏せ、イユキアの昂ぶりを口に含む。イユキアはその行為に少し慌てたような声をあげたが、レイヴァートが含んだものに舌をからめて口腔でしごくと、その声は快感に熱く潤んだ。
 左腕で力の入らない体をささえ、こらえるように頭を振ったが、ゆるやかに吸われるとイユキアの唇から細い呻きがこぼれた。大きくひろげた自分の脚と、つけねに頭をうずめたレイヴァートの姿が炎の色に照らされている。レイヴァートが動き、くわえる角度を変えられて、イユキアはまた上ずった声をあげた。
 口の愛撫は、もちろんはじめてではない。レイヴァートは自分の欲求だけを追い求めることなく、イユキアの快感を満たすことを常に大切にしていたし、最初はとまどったイユキアも今では彼の愛撫を受けることに恥じらいはなかった。だが、自分のものへレイヴァートが行為をくわえている姿をこうして見るのははじめてだった。そそりたつ自分のものを舐める舌に、あからさまに濡れた音をたてられ、全身がかっと火照りをおびる。
 顔を少し上げ、先端を含んで舌で形をなぞりながら、レイヴァートが上目でイユキアを見てちらっと笑った。彼の目にも興奮の光がある。イユキアがあえいで脚を揺らすと、敏感な先端を舌先でつつきながら、茎に添えた指で裏側をなぞった。強烈にこみあげてきた快感に、イユキアの脚の筋肉が強く張り、こらえた呻きを洩らす。
 レイヴァートがやわらかく頭を動かし、舌を這わせて、また深く呑んだ。彼の口の熱さがそのままイユキアのものをつつみ、熱が体の芯にじかにつたわってくる。
「ん‥‥ああっ‥‥」
 あえぐイユキアの肌に汗が光り、快感にひらいた唇は上ずった息を吐いた。レイヴァートが左の足首をつかんでさらに足を大きくひらく。イユキアの右手がのび、濃密な愛撫を続けるレイヴァートの頭にふれた。首すじから頭へ逆に指先をはしらせ、指の間に髪をからめて激しく乱す。その指がぐっと黒髪を握りしめ、細い呻きをあげると、イユキアの全身に強い緊張がはりつめた。
「──っ‥‥」
 レイヴァートの口の中へ達した精を放つ。体を数度ふるわせ、ぐったりと首を折った。レイヴァートはイユキアの楔を口に含んだままゆっくりと吐精を呑みこみ、顔を離さずに、しばらく舌をからめて愛撫を続けていた。熱い口の中で、イユキアのものはまた立ち上がり、硬くなっていく。
「や‥‥、レイ‥‥」
 拒絶の声ではない。求める声だった。
 髪をつかんでいたイユキアの左手がレイヴァートの首すじに落ち、汗にすべって、肩に爪をたてた。顔を上げ、レイヴァートは太腿の内側へ顔を寄せてくちづけた。軽く吸って、自分がつけた痕へ舌を這わせる。わずかな愛撫にも、敏感になったイユキアの脚はビクリと震え、肌が反応する。それを楽しんでいると、イユキアにまた髪を引かれた。
 レイヴァートは体を起こし、熱をおびたイユキアの目をのぞきこんだ。ずっと水薬をさしていないので、瞳は完全な金の色に戻っている。内側に炎をはらんだような瞳にさらに火の色がうつりこみ、激しいほどの輝きをおびていた。
「イユキア」
 囁き、イユキアの顔に落ちかかる髪をやさしい指先でかきあげる。首すじをやわらかく吸いながらイユキアの体を敷皮へ倒すと、レイヴァートは左手でイユキアの右膝をすくい、膝を大きくひろげさせた。
 イユキアは逆らうこともなく、ただ陶然と酔った表情でレイヴァートを見つめた。さらに深い愛撫への予感を共有するこの一瞬、レイヴァートはイユキアに許されているのを感じる。もっと深くふれてもいいと、ふれてほしいと、求められている。体の芯が粘るような熱をおびた。
 レイヴァートの指がイユキアの後ろをさぐる。イユキアをじっと見つめたまま、彼の指はゆっくりとイユキアの内側へ入りこんで、浅く慎重に戻した。イユキアが息を吐いて体の力を抜くのをたしかめながら、もう1度やや深く沈める。
「あ‥‥」
 体の奥へ入りこんでくる感覚に、イユキアが唇から小さな呻きを洩らした。内を圧迫する違和感が奥へすすんでくる。それ自体は快とも不快ともつかない感覚だったが、その向こうにある快感を知る体にはどこまでも甘い先触れだった。体の内をふれられるたびに、ぞくりとして指を締めつけてしまう。いったん動きをとめたレイヴァートはイユキアの力が抜けるまで待ち、またゆっくりと動かしはじめた。熱いうずきを残して、指が引かれる。
 ゆっくりと、今度は奥まで沈められた。また引いて、丁寧な愛撫を施し、指をふやす。その間も時おりイユキアの胸元や肩へくちづけを落とした。
 いつものように、レイヴァートはやさしく時間をかける。イユキアはじわじわと昂ぶらされ、焦れてくるのを抑えられない。レイヴァートが焦らしているわけではない。すべて与えられるのがわかっていても、今すぐに欲しい。言葉にならない声をこぼして腰をゆすった。
 指が不意に強く内襞を擦り、敏感な一点を刺激しはじめた。乱れる愉悦を知る体は、痺れるような快感に強烈に反応する。
「ああっ!」
 指の腹でさらになぶられた。同じ場所を幾度も擦られ、執拗な快感に体は一気に追い上げられる。髪を乱して頭を左右へ倒しながら、イユキアがとぎれとぎれにレイヴァートを呼ぶ声は、完全にかすれていた。
「レイ──‥‥ああ、レイっ‥‥」
 散々翻弄してから、指が抜かれる。満たすものが消えた脱力に、イユキアがあえいだ。さらに強い快感への期待で、レイヴァートを追うまなざしはどうしようもなく淫らだった。イユキアに荒々しく体をかぶせ、レイヴァートが唇を重ねた。汗に濡れた体を強く押し付け、肌を擦りあわせながら舌で深く口腔をさぐりぬく。顔を離し、彼は低い声で囁いた。
「欲しいか、イユキア」
 陶然とうるんだ目でレイヴァートを見上げ、イユキアはためらいなくうなずいた。脚をレイヴァートにからめ、呻く。
「‥‥お願い‥‥」
「俺もだ」
 熱い囁きを返し、レイヴァートはイユキアの膝をかかえて足を大きくひらいた。充分な時間をかけたが、それでも慎重にイユキアの内へ己を沈めていく。
 硬い怒張に貫きあげられる、圧倒的な感覚に、イユキアが身をそらせて敷布の毛布をつかんだ。口をあけて大きくあえぐ。肌を汗の珠がつたった。腰の奥がじんと熱くてたまらなかった。その熱がやさしく、だが強引に体を押しひらいて、深いところへ満ちてくる。
「ん‥‥あああっ‥‥、ああっ」
 首をきつくのけぞらせる。ゆっくりと奥までみなぎる、その一瞬ごとに快感が生じた。
 貫いて、レイヴァートが動きをとめ、深く息をついた。イユキアは官能に溺れた目でレイヴァートを見上げる。彼が自分の内側にいるのだということが、まだどこか信じられなかった。己の内側にみなぎる脈動が、彼のものだということが。
 ──レイヴァートは知らないだろう。はじめから、惹かれていた。黒館の主を畏れるでも見下すでもなく、ただレイヴァートが端然とイユキアの前へあらわれたあの日から。自分でもたじろぐほど、心がレイヴァートに傾いてゆくのがわかった。
 だから、何も見せまいとしてふるまったのだ。距離を置き、あきらめようとした。それしかできなかった。望みをかけたこともない。ふれてはいけない相手だと思った。こんなふうに深く身を重ねることがあるなどと、夢にも考えなかった。
 それとも、やはりふれてはいけない相手だったのだろうか。快楽に酔った頭のすみで、イユキアはぼんやりと考える。昨日も、その前の時も、レイヴァートを傷つけるほど大きく力を奪わなかったのは、単なる幸運にすぎない。いつか、もっと危機的な、イユキアの命があやういほどの状況で同じことがおこったなら、どうなるのか、自分を制御できるのか、イユキアには自信がなかった。
 3度目はない。あってはならない。決して。
「愛している、イユキア」
 囁く声に、イユキアは息をつめる。体の真芯が熱く乱れた。答えられずにレイヴァートを見上げる。イユキアをのぞきこむ男の目はただ真摯でひたむきだった。何もかもを投げ出して、そのまなざしにすがってしまいそうになる。
(いつかは、離れる──)
 王を守るべき王城の騎士と、魔呪の使い手であり体現である黒館の主と。同性であること以上に、あまりにも異なるものに縛られた2人だ。いつかは離れる、とイユキアは呪文のように自分にくり返した。いつかは。どんな形であれ、終わる。
 それがいつかはわからない。ただその時に、レイヴァートをあきらめられるだけの強さが己にほしかった。引きとめずに彼の手を離し、彼を解放するだけの強さが。
(いつかは‥‥)
 ゆっくりとレイヴァートが腰を動かし、体の深みを乱されたイユキアの喉から甘い呻きがこぼれた。レイヴァートの体を膝で強く締めつける。一呼吸おいて、ぐいと深い角度で突き上げられた。強烈な快感に全身が熱く痺れ、ほとんど声も出なかった。
 レイヴァートの荒い息が聞こえる。彼の鼓動を、重ねた体と自分の奥の両方に感じた。誰よりも近く。信じられないほどに深く。受け入れ、貫かれる。
 今、この瞬間だけは、イユキアはレイヴァートのものであり、レイヴァートはイユキアのものだった。腕をのばしてレイヴァートの背に回し、力強い筋肉の律動を感じながら、イユキアは満たされる官能に溺れる。レイヴァートの突き上げに全身でこたえ、法悦の声をあげて腰をゆすりあげ、ただレイヴァートを求めた。頭の芯が白熱し、なにもかもが押し流される。自制もためらいもなかった。この瞬間だけがほしかった。
 レイヴァートの楔に容赦なく深みをえぐられ、強く突き上げられて、とめどなく淫らな声がほとばしった。互いに互いをむさぼりながら、動きは激しくなってゆく。
 大波のような快感の末、絶頂に押し上げられた。かすれきった声を上げ、首をきつくのけぞらせたイユキアは、熱い飛沫がレイヴァートの体との間にはじけるのを感じる。強烈な解放感にすべてを見失い、レイヴァートにしがみついて身をふるわせた。
 体が甘くしびれたようで、もう動けない。レイヴァートの背に回していた腕がずるりと落ちた。レイヴァートがゆっくりとした動きでまた深みを貫き、イユキアの肩に顔を伏せて動きをとめた。荒い呻き声が聞こえる。体の奥に熱い精がほとばしるのを感じながら、イユキアはもう1度喉をそらせ、長い法悦の声をあげていた。


 少しの間、どちらも動かなかった。
 やがて、レイヴァートが胸を大きくあえがせながら、イユキアの内から己を引き抜く。イユキアが小さく身じろいだ。
 座って息をととのえ、レイヴァートは身をかぶせてイユキアの額にくちづけると、布を取りに立った。
 戻ると、イユキアは上体をおこして座りこんでいた。汗にまみれた肌が炎に照らされ、艶のある光の中に愛撫の痕がはっきりと浮き上がっている。髪は肌にもつれ、口元は唾液のすじで濡れ光り、目元には涙の痕が残っていた。
 まだ茫然とした瞳でレイヴァートを見たが、手をのばして布を受け取り、体を拭った。レイヴァートもざっと体を拭い、火の前に置いたままだったワインを一口飲んだ。杯を手渡され、イユキアも大きくあおる。その手はかすかにふるえていた。
 暖炉の炎は少し弱くなっていた。熱くなった肌が部屋の冷気を感じとってたちまち冷えてくる。イユキアの体を抱きよせると、もう1度毛皮の上へ倒し、レイヴァートは体の上へ毛布をひろげた。イユキアに唇を重ね、ゆっくりと味わうようなくちづけを与える。
 顔が離れる。体を寄せて横たわると、イユキアがかすれきった声でつぶやいた。
「‥‥今日、帰るんでしょう?」
「ああ」
 レイヴァートは気まずい表情で返事をした。そろそろ夜が明けている頃だ。王城に報告にも行かねばならないし、そもそも、イユキアの帰還の予定日でもあった。
「すまん。‥‥あまり無理をかけるつもりはなかったんだが、つい」
 イユキアが横目でレイヴァートを見る。クスッと小さく笑った。
「私がフィンカから落ちたら、あなたのせいだ」
「落ちないように縛っておいてやろう」
「そうして下さい」
 レイヴァートの肩に頬をよせ、体に腕を回してイユキアはレイヴァートにすがる。レイヴァートが強く抱きしめ返した。
 イユキアが、かすれた声でくり返す。
「‥‥そうして下さい」
 まだ火照りにざわめく肌を抱きしめて、レイヴァートはイユキアの鼓動を腕の中に感じている。情事の残り香が肌から強く匂いたった。肌の内にあるこの熱を知っているのはレイヴァートだけだ。これほど甘えた声を聞くことができるのも。
「いいものだな」
 と、つぶやいた。けげんそうに見上げるイユキアへ、
「いや。冬長に誰かとこうしていられるというのも」
「誰か、いたでしょう」
 イユキアにしては、珍しいことを言う。レイヴァートの過去の恋人のことなど1度も話題にのせたことはない。レイヴァートは左で頬杖をついて、イユキアの顔を間近に見下ろした。まだ快楽の名残りに酔いしれたまま、どこか頭が回っていない様子でぼうっとレイヴァートを見ている姿が、ひどく可愛らしい。右手をのばしてイユキアの頬にあて、親指で頬のまるみをなでた。いつもこれくらい警戒がとけていればいいのだが、と思う。
「いない。誰も。俺は、人を抱いたことはあっても、こんなふうに誰かとすごしたいと思ったことはない。お前だけだ、イユキア」
 イユキアがはっきりとたじろぎ、目をそらした。
「‥‥すみません。変なことを聞いて」
「何も」
 レイヴァートは微笑する。また体をかぶせて抱きしめ、囁いた。
「あとでまた洗わないとな、体」
「‥‥自分で洗いますよ」
「それは残念」
 からかったレイヴァートを、イユキアがにらむ。
「見慣れていると、言ったくせに」
「だが、何度見てもいいものだ」
「‥‥馬鹿」
 顔を赤くして横を向き、ぼそっとつぶやいた。レイヴァートが笑い出す。そっぽを向いたままのイユキアのあごに指をかけて自分へ向かせ、軽口まじりに機嫌をとる。イユキアもそのうち笑い出し、レイヴァートの肩に頭をもたせかけた。
 他愛もない、ばかばかしい会話を続けながら、2人は毛布の下で互いの体をよせあわせる。他愛もない、ばかばかしい、わずかな時間。炎のあたたかさと互いのぬくもりが心地よかった。
 雪がふればいい、とイユキアは思う。このまま何もかもを忘れるほど。すべてを抱きこむように。白く。容赦なく。
 雪がふればいい。この冬長をうめつくすほど。