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【4】

 イユキアが目をさますと、レイヴァートはいなかった。さぐってみたが、家のどこにも彼の気配はない。
 自分の内側がからっぽになったような心持ちで、イユキアは起き上がった。熱はほとんど引いている。もともと熱は、単に体が心の悪夢に感応して発熱しただけで、それ自体は病ではない。目覚めた身に残ったのは、奇妙な痛みだけだった。
 それが体の痛みなのか、心の痛みなのか、イユキアには判別できない。どうでもいいことだった。
 レイヴァートが帰ったのなら、それは喜ばしい、と思う。彼はそもそもここにいるような、いていいような人間ではない。王城に住む王の近衛が、薄暗い噂のまつわりつく施癒師の黒館にいること自体、おかしなことだ。
 レイヴァートには病の妹がいて、イユキアはその病のための薬草を出している。だが、そんな目的があってさえ、この黒館にレイヴァートが来ることをあれこれそしる人間が絶えないことを、イユキアは知っていた。レイヴァート自身はほとんど意に介した様子がなかったが。
(彼は、強い‥‥)
 寝台に寄せられた脇机に、穴を開けたサナの実がふたつ置かれている。レイヴァートが用意していったものだろう。何も考えぬまま手に取って唇につけると、涼しい果汁が喉をうるおした。ふたつとも飲み干して、体がひどく飢えていることに気付いたが、食欲はかけらもなかった。だが眠りたくもない。
 立ち上がって、かるい革のサンダルを履き、イユキアは寝室を出る。時は昼下がり。もうじき陽が傾く。
 隣の部屋へ入って、汗に湿った服を替えた。ゆったりとした足首までの長衣をまとい、絹の腰帯をしめる。
 窓の鎧戸を少しあげ、さしこむ細い光にも痛む目をほそめながら、ぼんやりと暦を取り上げて眺めた。伏しては起きて薬草を飲み下すような日々をつづけたので、今が何日なのか把握していないが、まあいい。次の新月にはセグリタにたのんで森の奥へ特殊な草を採りにいかねばならない。
 壁に吊るしてある籠から乾燥させたカラムスの根とイヌハッカを一つずつ取り、くわえて噛みながら、イユキアは館の扉へ向かって歩きだした。薬草のかすかな苦味と酸味を噛んでいると、気だるい体から空腹と脱力感がゆっくりと引いていく。森へおりていって、セグリタと新月の話をしておくのもいいだろうと思った。何もしないでこの館に一人でいることに、堪えられそうもなかった。
 扉を開けると、何もかもが白くくらんだ。目の前にあふれた光のあまりのまぶしさにたちすくむ。ずっと暗闇の中にいた身は、昼下がりの太陽に堪えられない。薬草を吐きだし、ずきずきとしためまいを覚えてうずくまる。
 あわてた声が彼を呼んだ。
「イユキア!」
「‥‥‥」
 イユキアは目をほそめて、顔をあげる。光の中からふいに影が踊り出したようだった。やっと焦点をむすんだ目の前に、レイヴァートが息をはずませて立ち、心配そうにイユキアをのぞきこんでいた。
「大丈夫か? 何だ、どこかに行きたいのか?」
「‥‥‥」
 首を振って、さしだされた手を断り、イユキアは柱によりかかって立ち上がる。やっとかすかに目が慣れてきたが、まだ瞳の奥が痛い。まぶたを伏せて、つぶやいた。
「レイヴァート‥‥帰ったのでは?」
「俺が、どうして」
 珍しく、レイヴァートはきょとんとしたような表情をうかべた。本気でわからないらしい。イユキアは溜息をついて、たずねた。
「どこへ?」
「ああ、セグリタに手伝ってもらって、森でウズラを狩ってきた」
「ウズラ‥‥」
「腹がへってな」
 真面目な顔で言った。
「あわてていたから、自分の食糧を持ってくるのを忘れた‥‥。すまんが、厨房の火を借りていいか?」
「どうぞ」
 イユキアは小さくうなずいた。その髪をレイヴァートの手がかきあげ、まっすぐに顔をのぞきこんだ。
「イユキア。大丈夫か?」
「少し、陽がまぶしくて‥‥」
「目薬をさしていないだろう」
「‥‥‥」
 一瞬、イユキアは言葉を失った。イユキアの金色の目──それは〈獣の目〉と呼ばれる目だ。イユキアは人前に出る時、その目に自分で調合した水薬をさして色を隠しているのだが、同時に、それは光を少しばかり暗くする。目薬を忘れて表へ出ようとしたのだから、慣れない明るさだったのも当然だった。
 首を振って、イユキアは溜息をつく。
「‥‥忘れてました」
「そんなに急いで、森に用か?」
「ええ‥‥でも、もういいんです」
「そうか」
 うなずき、レイヴァートはイユキアを片手でうながして館へ入ると扉をしめた。紐でくくった包みと野草の束を左手に下げ、本棟の右にある厨房へ向かう彼を、イユキアは何となしぼんやりと追ってゆく。そのことをまるで当然のように、歩きながらレイヴァートが語を継いだ。
「ここは、嵐は大丈夫だったのか?」
「そうですね。特に被害はなかったようですよ」
「風が凄かっただろう」
「それほどでも‥‥この家は、表の気配をあまり通さないので」
「嵐もか?」
「ええ」
 イユキアはうなずいた。この黒館は外界と微妙なかかわりあいかたをしている。昔この館を建てた魔呪師の呪律や結界が半端に残っているためだろう、と彼は思っていたが、実際のところはよくわからなかった。どんな魔呪がひそむにせよ、この館の壁が悪夢から彼を守るわけではない。
 厨房へ踏み入って、レイヴァートは窓の鎧戸を上げた。斜めの光がさしこむとイユキアを振り返る。
「まぶしいか?」
「大丈夫ですよ」
 イユキアは微笑した。
 レイヴァートは、下げていた包みをテーブルの上でほどく。大きな葉でくるんで蔦でくくった包みの中から赤い獣肉を取り出しながら、
「森でさばいてきた。セグリタにも足を持たせてな」
 脚つきの鉄鍋を壁の鉤から外し、炉に乗せて、煉瓦の炉にたてかけてある薪を取った。 焚き付けが見当たらないので、いつも身につけている短剣で薪を細く削り落として手早く作り、火口箱を取ってレイヴァートは手早く火をおこした。
 その様子を眺めながら、イユキアは壁際に置かれた木の丸椅子へ腰をおろす。厨房へ入ったのなどいつ以来だろう。数日に一度、森の民の娘が訪れてイユキアの食事の世話や簡単な掃除をしていくが、イユキア自身がここへ来たことはほとんどなかった。
 レイヴァートは鍋をあたため、棚から油をとって垂らすと慣れた手つきで肉を焼きはじめた。香ばしい音をたてて肉が焼ける間、棚にならんだ陶の壺をあけては中の香りをたしかめ、スパイスを二、三種つかみとって肉へ手早くふる。
「料理、するんですか?」
「ああ。野営になれば、食事は自分で作っていたからな。今でもたまに家で作る。サーエが外聞が悪いと言って嫌がるから、人には内緒だが」
「おたずねするのが遅くなりましたが、サーエシア様のお加減は‥‥」
「いい。近ごろ、夕暮れに庭を散歩したりもしている。お前のおかげだ」
 鍋に水を注ぎ入れると、激しい音ともうもうたる湯気が沸き上がった。塩を放りこんで木杓子でかきまぜ、レイヴァートは肩ごしに笑みを投げた。サーエシアは彼の妹の名だ。生まれた時から特殊な病にとらわれている。彼女の治療に手がないかとこの館を訪れたのが、イユキアとのそもそもの出会いであった。
 イユキアは微笑して、背中を壁にもたせた。
「薬など、気休めに近いもの。人を本当に癒すのは、その人の力と‥‥その人を想う、心の強さですよ」
「人を癒すのが人だというのは、同感だ」
 テーブルの上に置いておいた野草の束を取り、適当にちぎってレイヴァートはそれを鍋へ放りこむ。蓋をのせた。
 イユキアをふりむく。
「俺は、時おり思うのだ。お前はその力で多くの者を癒す。──だが、お前は誰が癒すのだろうな」
「‥‥私は、たしかに病んでいるかもしれません。でも癒しを必要とはしていない」
 小さく、イユキアはあるかなしかの微笑を唇に溜めた。
「あなたも言ったでしょう、私は望んで苦しんでいるようだと。そうだと思いますよ。私は望んでこの館で悪夢を見ている。癒される必要はない」
 膝を引き寄せて椅子へ身を丸めたイユキアを、レイヴァートは火のそばに立って見ていた。思案含みの表情が顔をよぎる。少しの間だまっていたが、やがて静かに言った。
「イユキア。俺は五年前の戦役の時、剣を取り、多くの敵を殺した。陛下のためだ。それを悔やんだこともないし、王の敵を滅すことを今でも心の底から望んでいるが、彼ら一人一人の死を望んでいたわけではない。殺さずにすむならそうしたいという望みもあった。だが‥‥人から見たら、俺は好んで彼らを殺していたように見えただろう」
「‥‥‥」
「人の望みは、決して単純なものではない。そこには、外からはわからない色々な理由や側面がある」
「あなたはそれで」
 イユキアが、小さな声でたずねた。
「人殺しを楽しんだことがある?」
「ある」
 あっさりと、レイヴァートは認め、鉄鉤のついた棒を使って鍋の蓋をあけた。白い湯気が吐きだされる。棚の壺から固く焼きしめた黒パンをとりだし、ほぐして鍋へ放りこみはじめた。声は淡々と、
「戦いの中で、自分を見失いそうなほど昂揚したのを覚えている。‥‥俺は立派な人間ではないぞ、イユキア」
 それでもレイヴァートは悪夢を──汚れた夢を見ることはないのだろう、とイユキアは思った。彼の目はまっすぐ未来へ向いている。自分の身を汚して王を守り、この国を、妹を守る。そのことに何のためらいも言い訳も持たないまま。罪を負って頭を垂れることはなく、逃げることもなく。昂然と、汚れた己を認めて病むことがない。
「──たとえ血まみれでも、あなたは誇り高い人ですよ。私は‥‥そんなふうに、強くなりたかった」
 イユキアはつぶやく。レイヴァートがふりむいた。
「俺にとっては、人を癒す力をもつ者の方がずっと凄いし、うらやましい。だからお前を尊敬している」
 にこりともせずまっすぐにイユキアを見て、レイヴァートはそう告げた。
 イユキアが二の句を告げずにいる間、鍋の方へ向き直った彼はさっさと味見を終え、一人で納得したようにうなずくと、鍋を火から上げ、石の作業台にのせた。深皿を取って料理を盛る。
 皿はふたつ用意されていた。レイヴァートはその片方を持って、まだ言葉を探しているイユキアへ歩みよった。
「かるいスープだ。少しでいい、食べてくれ」
「‥‥‥」
 手渡された皿を、イユキアは少し困ったように見おろす。食欲はない。レイヴァートが「一口でいいから」とうながすと、スープを一匙すくってためらいがちに口へ運んだ。
 熱いスープが舌の上へひろがる。パンを入れてとろみをつけたスープは数種類のスパイスで味をととのえられ、ちぎって入れられた青い茎葉の香りが、さわやかに口の中に香り立った。レモンのような酸味のある葉のかけらを、イユキアは舌先で味わってみる。ピリッとした酸味があった。その涼しさがスープの香ばしさを引き立てている。
「おいしい‥‥」
「ん。結構うまくできた」
 レイヴァートも自分の皿を手に食べはじめた。一口がじつに大きい。豪快に自分の皿を空にして、二杯目を取りに鍋へ向かう。
 イユキアは、ゆっくりと数口のスープを味わった。熱さが腹の内へしみわたっていくようだ。食べれば食べるだけ、次の一口を求めるように、体の奥へ飢えがひろがる。皿に盛られているウズラ肉にスプーンの先をのばした。
 肉はやわらかに裂け、小さな一口をイユキアが噛むと、肉汁とスープの入り交じった熱い汁が口にひろがった。噛みしめて、飲み下し、イユキアは残りの肉をためらわず口へはこんだ。肉の脂が舌にとける。いつもは好まない鳥獣の肉が、これほど香ばしいと思ったことはなかった。ほとんど夢中になって、彼は皿の残りをからにした。その様子をほっとしたレイヴァートが眺める。
 レイヴァートは森で獲ったウズラをさばいただけでなく、短剣の裏を使って丹念に生肉を叩いた後、あらかじめここから拝借していったスパイスと塩を肉にすりこんでいた。やわらかく、臭みがない方が食べやすかろうと、イユキアを考えてのことだ。イユキアが食事を好まないこと、特にこういう時はいつもにも増して食べたがらないだろうことは知っているが、食べなければ体だけではなく心が弱る。
 なにより、イユキアの体は食事を求めて飢えているはずだった。当人はそのことに気付こうとしない。むしろ、気付けばより自制しかねない。イユキアが、己を律っすることで何を償っているのかわからないが、このままではイユキアは自分を追い込むだけだ。どんどん追いつめられ、悪夢にとらわれて身と心を病む。そういう人間を、レイヴァートは戦場で何人も知っていた。
 食べ終えたイユキアが、ほっと小さな息をついた。まだ未練がありそうに見ている皿を、レイヴァートはのばした手で引き取る。
「あとで、また食べよう。一度に食べると負担がかかる」
「‥‥あなたが料理が上手だとは意外でした」
「ほめてもらって光栄だ。準備の時間が取れれば、もっといいものを作れるのだがな」
 床に作られた流し口の手前で身をかがめ、汲んできたばかりの水で皿を洗うと、レイヴァートはイユキアへ歩みよった。どこかぼんやりとしているイユキアのあごを指でかるく持ち上げ、顔をのぞきこむ。
「ああ、顔色はずっとよくなった‥‥。熱はさがったな」
 熱いスープを飲み干したイユキアの頬にはかすかな、だが艶っぽい紅色が浮いて、いつになく血色がいい。美しい顔はレイヴァートの指先に抵抗なく持ち上がり、金の瞳がまぶしそうに自分を見上げてまばたきした一瞬、レイヴァートは激しい衝動にかられた。病と聞いてからずっと焦っていた気持ちの緊張がとけた解放感に、狩りで高ぶっていた血の名残りが重なり、彼の強い自制を押し流しそうになる。
 イユキアが物問いたげにまぶたをあげた。
「レイヴァート?」
「‥‥サナの実を取ってくる。食後にちょうどいいだろう」
 かるく頬へくちづけし、引こうとした腕の袖をイユキアがつかんだ。レイヴァートの動きがとまる。男の目を見上げながら、イユキアが小さな声で言った。
「ウズラを獲ってきたのは、私のためでしょう。‥‥ありがとう、レイヴァート」
「‥‥‥」
 真剣な顔でイユキアを見つめていたが、レイヴァートは身をかがめて唇を重ねた。イユキアの背なへ回した手で細い体を抱きしめながら、はじめは優しい唇は、すぐに強く奪うようなくちづけに変わる。求められて、イユキアの口がかすかにひらいた。歯の間からレイヴァートの舌が荒々しい強さで入りこみ、イユキアの舌をむさぼり、角度を変えたくちづけが唇を濡らした。
 いったんからめた舌をほどき、レイヴァートの舌先はイユキアの口腔をさぐりぬく。歯裏から上あごをぞろりと執拗にねぶりあげられると、体の中心を甘いうねりが走り抜けて、イユキアは言葉にならない呻きを洩らした。
「‥‥っ‥‥」
 その吐息が、レイヴァートの奥深い熱を煽る。自分が丸ごと押し流されそうな、強烈な衝動。それをギリギリに押しとどめて唇を離し、レイヴァートはイユキアを見つめた。
「イユキア‥‥」
 いつも淡々としている彼の声がかすれて、熱い。囁かれ、イユキアは自分の内側が溶けていくような熱さに目を伏せた。レイヴァートの欲望が直接体の奥に感じ取れるようだった。レイヴァートの強くまっすぐなまなざしを見ていると、見てはいけない夢を見そうになる。この目はイユキアだけを見ている。だが彼は、イユキアのものではない。手にしてはいけない。
 ‥‥それでも。
 肌の内を流れる血の一滴までもが熱い。くちづけに酔ったように、くらくらと身の内が揺らいだ。男のまなざしを感じるだけで全身が甘い痺れをおびてゆくのを、イユキアにはとめられない。恐れるように深くうつむいた。
 顔をふせたまま沈黙したイユキアを見つめていたが、レイヴァートは手をのばしてぽんぽんとイユキアの頭をなでた。子供をなぐさめるように。
「火にあたってあたたまってろ。実を取ってくる」
「‥‥‥」
 体を引こうとした時、イユキアの手がレイヴァートの手首へふれた。顔を伏せたまま、イユキアがつぶやく。
「傷を‥‥」
「え?」
「傷を見せてください」
「‥‥‥」
 一瞬、困ったような顔をしたが、レイヴァートは袖をめくって右腕をイユキアへ見せた。手首に蛇がのたくるような赤黒い傷が幾本も交差して走り、ところどころ肉が盛り上がって傷をふさいでいる。
 イユキアは顔をふせたまま、レイヴァートの手を取った。じっと傷を見つめる。
 ゆっくり唇をよせて、傷へくちづけ、泣きだしそうな声でつぶやいた。
「‥‥次は、きっともっと深く‥‥」
「イユキア。俺を信じろ」
「‥‥‥」
「これでも、人より丈夫なほうだ。こんな猫の傷程度ではこたえん」
 真面目な顔で言ったレイヴァートを見上げ、イユキアは濡れた目のまま、小さな声をたてて笑い出した。レイヴァートは冗談や気休めを言ったつもりはないらしく、心外な顔をしている。それがまたおかしくて、イユキアは笑いつづける。その頭をレイヴァートが胸へ抱き寄せた。
 身がきしむほどきつく抱きしめられた。男の肌の匂いがつつむ。強靱な背へ手を回しながら、イユキアはつぶやいた。
「あなたは、馬鹿なのかもしれない。少しはこりてもいい頃なのに」
「そうか?」
 レイヴァートの指が首すじから髪の内側へ入りこみ、髪をかき乱し、指先でそろりとうなじをなで上げる。からかうように、耳元で声が囁いた。
「こりない馬鹿は嫌いか」
「‥‥意地も悪い‥‥」
 顔をかすかに上げ、イユキアはレイヴァートの首すじへ唇をよせる。舌をはわせて、かるく噛んだ。レイヴァートが熱い吐息を洩らし、イユキアの体を両手に抱き上げる。運ばれていく先に気がついて、イユキアは拒む声をあげた。
「寝室は‥‥やめてください──」
 かすかに歪んだ表情を見下ろし、イユキアの内側に漂う恐れに気付いたが、レイヴァートは静かな声で囁いた。
「悪夢など怖がるな」
「嫌っ──」
 イユキアはレイヴァートを見上げて訴えたが、力強い腕とおだやかなまなざしの前に抵抗は無力だった