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act.6

 目を開くよりも先にはね起きた。武器になるものを引っつかもうと右手をのばし、サイドボードからウィスキーの瓶をつかむ。ふくらんだボトルを棚に叩きつけようとした時、目の前からおだやかな声がした。
「勿体ないから、となりのやつにしろ。ブルークラウンは車内にまきちらすより飲んだ方がいい」
「‥‥‥」
 寸前の手をとめ、シェインはゆっくりとボトルを膝におろした。青いキャップのボトルを見おろす。ボトルの肩から首にかけて、小さなハート状の葉をつけた緑色の蔦が三重にからみついていた。つくりものではなく、つやつやとした本物の葉だ。エアープランツの一種だった。青いキャップに映えて美しい。
「ブルークラウン? ハルバート・ウスケボー?」
「そう。シェリー樽につめて自然熟成させたウィスキー。31年物。グラスはそっち」
 シートに深くもたれて足を組み、アームレストに右の頬杖をついたサーペントがひらりと左の指でサイドボードの下をさした。
 シェインは少しの間彼を見ていたが、サイドボードの下棚を開き、言われた通りにクリスタルのカットグラスを取り出すと、指二本分注いでボトルを元の位置へ戻した。
 慎重な仕種で香りを嗅ぎ、ゆっくりと口に含む。ふ、と短い吐息をつき、肩のこわばりが少し抜けた。自分の周囲へチラッと視線を回す。
「‥‥どこへ向かって走っている」
「325ロードを南へ」
 前の運転席からエースの声がこたえた。後部のボックスシートはゆったりとしたしつらえで長いシートが向かい合わせに置かれ、ちょっと小さなリビングセットと言った様相だ。サーペントのソファについたサイドテーブルには、よく冷えたビールが注がれたタンブラーが置いてあった。
 後部の窓は完全なスモークで外部は見えない。シェインは、うっすらとした笑みを浮かべているサーペントを見つめた。
「ベイグラスは?」
「トランク。快適に眠っていただいている。さっき身代金要求の連絡を入れてきた」
「‥‥どうして俺をわざわざつれてきた」
「あのまま残ったら、あんた死ぬだろ」
 サーペントの声は明るかったが、相手に逃げをゆるさぬ鋭さをおびていた。
 シェインは、自分を見つめるラベンダーの瞳を見つめ返した。
「何か、困るか?」
「あまり。あんたとファックできなくなるという以外には」
「じゃあ、放してくれ」
「シェイン。シャイン、チェイン、チェイニー──」
「君の目的は何だ」
 苛立たしそうに、大きな声で、シェインはサーペントの奇妙なふし回しをさえぎる。運転をオートに切り替えながらエースは笑い出しそうになった。体を半分回して後ろが見える位置にもたれ、エースはまだ何か口の中で歌っている相棒へ青い目を向けた。
「何がしたい、サーペント?」
「‥‥眠いよ、俺は」
 本当に眠そうに、サーペントはつぶやいた。ふ、と溜息のようなものをつき、睫毛を上げてシェインを見やる。男は、理解できないというように眉根にしわをよせてサーペントを見ていた。
「あのマインドジュエル」
 サーペントはゆっくりと、唇をうごかす。
「チューニングにテレパスを使っているんだろ?」
「‥‥知らん」
「エドヴァースのサイ遺伝子研究所で極秘扱いされてる封印レポートがあってね。テレパスが自分の能力を他者に移植、もしくは感染させることができるかどうか、彼らは研究していた。たとえば水晶にその能力をうつし、それを視床下部をはじめとする脳の各部にうめこむことで、ノーマルにテレパス能力を移植する。ベイグラスがやったことと似ているな」
「‥‥‥」
 シェインは何も言わずにサーペントを見つめている。エースが煙草を取り出しながらたずねた。
「研究所で何があった」
「実験に関わったテレパスが発狂し、他のテレパスに狂気感染した。しまいには感染をふせぐためにテレパスが大量に殺された。実験台の十数人も死に、死ななかった者も脳に重大な機能不全を残した」
 エースに目を向けて淡々と説明してから、サーペントはシェインをまっすぐ見た。
「テレパス能力の移植は、兵器として軍が開発をつづけている。ベイグラスはその技術の流出を得て、マインドジュエルを作成したんじゃないのか。あの宝石はそもそもテレパスのマインドドラッグとしてではなく、テレパス・ドナーの媒体として開発されたんじゃないのか?」
「‥‥‥」
 シェインの口元に吐息がうごき、彼はグラスのウィスキーを飲み干した。
「何故俺にそれを話す」
「あんたは "何か" を探している。何を探しているかも、大体わかる」
 サーペントが片目をほそめた。
「それを手に入れるために屋敷に残ろうとした。そのために、ベイグラスの組織に潜入して息子をたらしこんだ。あいつの指輪をすり替えたのは、指輪のガーネットが目的のジュエルかどうかチェックするためか?」
「‥‥あの指輪で "金庫" の鍵が開くかどうかためすためだ」
 低い、押さえつけたような声だった。エースはシェインの顔を用心深く見ながら煙草の灰をゆるゆると吐き出す。サーペントがうなずいて、頬杖の指で自分のこめかみを叩いた。
「金庫に何がしまってある。ジュエルか」
「ジュエルの、プロトタイプ」
「成程。開かなかった?」
「‥‥ああ」
 うなずいて、シェインはひどく苦い顔になった。
「君が彼に指輪を飲ませたりしなければ、すり替えて戻しておけた。こんな騒ぎにならず」
「やっぱりあいつよりあんたと寝ればよかったってわけだ」
 冗談と言うには真面目すぎる顔で言って、サーペントは落ちてきた前髪をふっと息で吹き上げる。エースが口をはさんだ。
「その金庫もゲートのように、ベイグラスのジュエルで開くか?」
「ああ。おそらくは。ベイグラスのジュエルと、ベイグラスのバイオメトリクスで」
 シェインはグラスを見つめてうなずいた。
 だからシェインは、ベイグラスとともに残ろうとしたのだ。その "金庫" を開くために。だがあの状況でその行為は、ほとんど自殺行為だった。
 エースの視線を受けて、サーペントが気怠そうに微笑する。完全に斜めにくずした体を頬杖で支え、彼は物憂げに言った。
「死んだ、それとも発狂した?」
 シェインは黙ったままだ。サーペントを見つめる双眸には光がなく、ただぽっかりと死神の目のように深い闇があるだけだった。
「愛すべきファッカー・ベイグラス。レポートによると、ジュエルに移るほどの強烈で純粋なサイ波動をおこすには、テレパスを限界まで追いこむことが必要だった。彼らが自己防衛のために持っているシールドを叩き壊して能力の核を剥き出しにする。それは彼らを死か狂気に追いやる。だろう?」
「‥‥ベイグラスは苦痛と快感を使って、テレパスをただの "出力機械" に変えた」
 ぽつりと、呟く。全身で何かを抑えているようだった。
「だがジュエルに移された波動が、時に他のテレパスにとってはドラッグと同じ酩酊と覚醒、さらに中毒症状をも引き起こすのがわかって、あいつはマインドドラッグの生産をはじめた」
「あなたは誰を探していた?」
 サーペントの声はやわらかく、囁きほどに低く、その眸はまっすぐにベイグラスの中の闇を見つめていた。
 男が小さく身じろぐ。
「弟‥‥だ。弟、だった。助け出した時には正常な意識も記憶もなくしていた」
「今は?」
「──もう苦しまなくてもいい」
「成程」
 かすかに笑った。
「かわりにあなたが苦しむ。世の中はうまくできているな、シェイン。それで弟の波動が刻まれたプロトタイプジュエルを取り戻すために潜入捜査官になったのか」
 シェインは手にしたグラスへ視線を落とした。ひどく疲れているようだった。
「俺にはそれにイエスと言うことはできん。刷りこみで禁じられている」
「イエスと言えとは言ってない。でも一つだけ。内定任務の目的はベイグラスの組織を叩いて彼の身柄を押さえることであって、ジュエル一つを取り戻すというのは任務から外れていることだろ?」
「‥‥任務など、クソくらえだ」
 吐き捨て、シェインは額から頭の後ろへ手をすべらせると苛立った手つきで髪をかき回した。サーペントを見、エースを見やる。
「君らもクソくらえ。クソッ。もう少しだったのに」
「何が。もうあきらめるのか、ミスタ・アンダーカバー? 愛が足りないな、そんなことでは」
 からかうように言いながら、サーペントが唇のはじをもちあげた。シェインが眉を上げる。
「一体‥‥」
「ベイグラスがいて、ベイグラスのジュエルがある。それだけあれば金庫開けられるんだろ、シェイン」
「だが──」
 ベイグラスをかかえてあの家に戻るなどナンセンスだ。そういう表情をいっぱいに浮かべたシェインに向けて、サーペントが片目をつぶった。
「ゲートでのバイオメトリクスはベイグラスの手で認証した。彼じゃなくて彼の手が必要だと言うことだ」
「‥‥あれは、キルリアンセンサーだ。生体反応と静脈パターンだけでなく、その人間の生体磁場を解析している。生きた人間の、それも当人の生体磁場でないと受け付けない」
 シェインがそう言ってもサーペントはたじろぎもせず、微笑を唇に刻んだままゆったりと身をおこした。シェインがサイドボードに戻したハルバート・ブルークラウンのボトルに手をのばす。ボトルの肩に絡みついたエアープランツの葉を指先に一枚ちぎると、元の位置に身を沈め、シェインへ向けて葉を見せた。
「キルリアン・パターンは、動物だけでなく植物にも存在する。たとえばこの葉の場合。葉の形と、周囲にたちのぼるオーラとしてキルリアンスキャナに認識される。わかる?」
「‥‥‥」
 シェインがどこか不承不承うなずくと、サーペントが緑のつやをたたえた葉を半分にちぎった。片方を見せる。無残に喰われたように半分を失った葉を、かるく振った。
「今、キルリアンスキャナで取ると、どう見えると思う?」
「‥‥‥」
「前と同じ、完全な形の葉に写る。キルリアンオーラが消えてこのちぎれた葉の形になるまで、半日以上かかる。わかる?」
「‥‥何が言いたい」
「キルリアンパターンは残響のように残る。その元と切り離されて、なお。つまりベイグラスの手を切り離してもしばらくキルリアンパターンは保持される。わかる?」
「──キルリアンだけなら、あるいはうまくいくかもしれん。だが手の生体反応は──」
 サーペントが至って無邪気に、心底たのしそうに微笑みかけた。
「ベイグラス・コールドハンド。どうして彼がその昔、バイオメトリクスをクリアするために元の "手" の持ち主の手を切り取っただけじゃなく、自分に移植させたのか。──ねえ、シェイン。わかる?」
「‥‥‥」
 シェインは数秒、サーペントを見つめ、その指がつまんだ葉の残骸を見つめる。それから彼は自分の右手に視線をやり、うなずいた。
「ああ、わかる」


 翌日、矢継ぎ早にくりだされるベイグラスの身代金要求に、組織は上を下への騒ぎとなる。次々と違うアクセスポイントから違う手段で指示が入り、金をあちこちの口座へ振り込ませ、あちこちの引き出し端末で同時に引き出す。
 ベイグラス・マフィアはいちいちそのポイントへ人員をはしらせ、また指示されたポイントへチームを向かわせた。そこにはベイグラスの手の指が一本ずつ置かれていた。
 5本目の指が回収されたところで、通信の最中に相手の居場所が判明する。スクランブルを突破して元の発信位置を突き止めたのだ。ご丁寧にリボンで飾り付けられた5本の指を前にして頭に血がのぼった息子はすぐに大きな武装チームを組み、市警にも圧力で手を回してその場所を急襲した。
 彼らが休眠会社のオフィスの窓を叩き破って中へ入った時、そこにあったのは一本の鍵と、爆弾が取り付けられてセンサーコードでぐるぐる巻きにされた大きなトランクだった。中に、人間の体が一つ入りそうな。


 市警の爆弾処理班が最後に鍵でトランクを開いた時、中からころがり出したのは大量に麻薬を含まされて酸欠用の酸素マスクをかまされ、意識のないベイグラスの体だった。
 その左手の指はすべて切り落とされ、右手は肘から先が失われていた。
 合計1億クレスもの身代金を奪われたファミリーが、手薄になっていた屋敷へ戻った時、襲撃者が残していった無残な惨劇の痕だけが彼らを出迎えた。金庫は開かれ、中のジュエルはすべて奪われていた。奇妙なことに、金庫を開こうとあちこちに残った指紋はすべてベイグラス本人のものだった。
 空の金庫を見た息子が息をつまらせて卒倒した頃、エースとサーペントはすでに遠く離れた海辺を車で走らせていた。


「‥‥お前にまだマトモなキスしてない」
「そもそも俺は、これで3日、マトモに寝てないよ」
「俺もだ。眠いような気がするな」
「お前は自業自得だ。男はつれこむ、別の男に目移りする、組織のボスの営利誘拐をくわだてる──」
「お前が悪い」
「‥‥どうして、そうなる──」


 海が見たいと言ったのはサーペントだった。彼はたまにそう言う。発電プラントが沖にそびえたつ薄緑の海であっても。砂浜ではなく青黒い護岸ブロックに色とりどりの落書きが散らばり、その間に海からの有毒物質を感知するセンサーポールが立っている。
 そんな海辺のゲストハウスに二人で転がりこんで、ちょっと眠るかとエースがベッドまでたどりついた時、ぱたぱたと足音がして後ろからサーペントのタックルがとんできた。
「‥‥ガキ」
 ベッドにつっぷしてサーペントの下に組み伏せられ、エースが悪態をつく。背中に座り込んだサーペントが後ろからエースの首をしめた。
「お休みーのキスくらいしたっていいじゃんか、気が利かない。それともまだ妬いてんの?」
「‥‥やなんだよ」
「何が」
「キスだけじゃすまないから」
 背中からサーペントの体重が消え、エースは肘で体をおこした。サーペントがベッドにのぼって横にかがみ込み、笑みを浮かべてエースの髪をつかみ上げる。サーペントのものとは違う色の濃いダークブロンド。ゆるいくせのある髪を指の間にぐっと握りこんだ。
「知ってるか、エース?」
「何」
「お前、たまに可愛い」
 そうつぶやく唇は少し濡れてやけに色っぽく、心底誘惑されながら、エースは近づいてくるサーペントの顎をつかんで押さえた。
「待て、待て。お前、眠いんだろ?」
「うん」
 無理に逆らおうとはせず、自分を押さえるエースの右手首に指をからめるようにふれながら、サーペントが微笑した。この二日いやというほど見てきた、美しいが硬質な微笑ではない。どこか子供っぽく、それでいて脆い微笑だった。ほかの誰にも向けない顔。
「だから眠らせて」
 エースは青い目でサーペントを見つめていたが、右手の指をのばし、サーペントの唇をなぞった。唇はゆるく開いて音のない吐息をこぼす。
 ゆっくりと首すじへ手を動かし、うなじへ指をすべらせて、エースはサーペントの体を引き寄せた。自分が仰向けになって、上へ崩れてくる相棒の華奢な体を抱きしめる。
 サーペントがエースの髪の間へ指をすべらせながら、二人は獰猛なキスで互いの唇をふさぎはじめた。


 ベッド下のシークレットボックスには色々な備品が用意されていた。その中に使い捨てのジェルカプセルを見つけ、10センチほどの長さのカプセルスティックを折る。エースは手のひらにとろりとこぼれたジェルを指にからめた。
 サーペントは乱れたシーツに這って、しなやかな肢体を少しばかり窮屈そうにたわめ、尻を高く上げている。エースの愛撫に上気した全身は汗に湿って、ベッドには焦らされた欲望の強い匂いがたちこめていた。
 腰骨に軽くくちづけ、歯先をたてながら、エースはサーペントの後ろを探る。ジェルに濡れた指の先端を窄みにねじりこむと、サーペントが小さな悲鳴をあげた。
「冷たっ! 馬鹿! わざとだろ、てめェッ」
 背骨のつけ根、腰の上のくぼみに強いキスを落とすとその声が甘く途切れる。わずかに入った指をサーペントの奥が締めつける感触を楽しみながら、エースは低く囁いた。
「すぐ熱くなる」
「ばっか──」
 少しずつ力の抜けていく奥へ指を差し入れ、ゆっくりとした動きでなぶると、サーペントの息が早くなった。のろのろとした指の動きを追うように、腰がくねる。指を増やすとシーツに押し付けた顔の下で呻き、自分の左手をペニスにのばした。
「少しはこらえろ」
 いたずらっぽく囁きながらエースも左手をのばし、サーペントの指に重ねて硬く張りつめたペニスに愛撫をくわえる。左手にもジェルを落としていたので指が動くたびに濡れた音がペニスに絡みつき、鬱血した敏感な器官を滑る指の動きはジェルのぬめりでなめらかだった。
「ひぁ‥‥ん、あうっ!」
 甘い声を出したところで根元を締めつけると、首がそって濡れた声を上げた。膝をさらに開き、腰をつきだして後ろの指を求めながら、ペニスの愛撫をねだってエースの手へ自身を押し付ける。淡いブロンドは肩から滑り落ちてベッドに乱れ、いくらかはサーペントの顔を覆っていたが、淫らに没頭した表情はブロンドの向こうに透けて見えた。
「ああっ、あっ‥‥ん、エース──」
 声もなく開いた口の中でピンクの舌が踊る。
 深く3本目の指を後ろにくわえこまされると、喉の奥で獣のような呻き声を上げ、しなやかな背中全体をよじって悶えた。薄いがしっかりと締まった筋肉に覆われた肩から肩甲骨へのライン、よじれて深くなった背中の左右のくぼみ、背骨は弓のように緊張しきった曲線を見せ、腰は強くたわめられて、快楽を求める尻だけがまた高く掲げられる。膝の下でシーツがよじれてきしみ、ふくらはぎにぴんと筋肉のラインが浮き上がった。
 サーペントは全身に激しい欲望のサインを見せ、溺れはじめる。
 エースも短い呻きを洩らすと、サーペントのペニスに当てた左手を乱暴なほどの強さでしごいた。ジェルとサーペント自身の先走りで濡れたペニスの先端を指先で弄るとサーペントの全身が強くふるえた。
 その首が一気にそった。奥に入ったエースの指が性感を執拗になぶる。そのたびにビクビクと体をふるわせるサーペントの首すじから背中へ紅潮がひろがり、彼は叫ぶ声をあげてエースの手の中へ達した。
「あああっ!」
 両手がシーツをつかみ、体が瞬間の絶頂をむさぼる。何もかもがはじけとび、世界が粉々になって自分自身の存在すら手放す一瞬──それがサーペントがセックスの向こうに求めているものだと、エースは知っている。エース以外の誰を相手にしても、たとえドラッグの力を借りても、彼がそれを得られないことも。
 熱い窄まりから指を抜き、エースはベッドにつっぷすサーペントの姿を見つめた。湿って上気した全身が熱い呼吸のたびに大きく沈みこむ。もつれた髪の中に伏したまま、何か呻いて、サーペントが膝から先をバタバタ揺らした。
「何」
 エースが背中から体をかぶせ、首すじに溜まった髪を片側へかき寄せてやる。脈の動く首の肌に唇をあてると、サーペントがまた何か呻いた。
 エースの舌が耳の後ろからこめかみまで、ゆっくりとなぞりあげる。サーペントの体の熱さが合わせた肌からしみこんでくるようで、ただ心地よかった。
「もう眠いか?」
 耳元に囁くと、きっととサーペントがにらんだ。目のすみが赤く染まって、瞳が欲情に潤んでいる。荒い息で吐き捨てた。
「んな余裕のあるツラ、出来なくしてやる‥‥!」
 エースをごろんと押しのけて起き上がると、仰向けにころがったエースの足の間に身をかがめた。エースのペニスは充血して硬く勃起し、サーペントが「ふっ」と息を吹きかけるとひくついた。
 エースが呻く。サーペントが笑って、顔を伏せ、深くペニスをくわえこんだ。昂ぶり全体を口腔におさめ、喉をゆるめて頬の粘膜で包むように擦る。口の中に先走りの苦い味が流れた。エースの太腿を指先でなぞり上げながら、サーペントはゆっくりと頭を引いた。
 ピチャピチャと唾液の音をたて、舌を先端に押し付けながらなぶる。エースが荒い息を吐き出しながら上体をおこし、股間に頭を伏せたサーペントの髪を撫でた。舌が動き、敏感な先端を唇のふちでぬめりと擦られて、エースは長い呻きを上げた。
 深く喉まで呑みこまれて、強く吸い上げられる。一気に熱が集中した。
「馬鹿ッ、おい──」
 目のくらむ快感に言葉を失って呻いた。白熱した光が腰の奥から脳天まではじける。こらえようもなくサーペントの口の中へ快感の奔流を解き放った。
 サーペントの首すじが二度、三度と動く。ペニスを含んだまま、彼は口の中の精液を飲みこむと、すするような音をたてて萎えたそれにまた舌をからめはじめた。脱力した感覚に支配されている先端に唾液をからめて、ゆっくりと、やわらかに嬲る。
 荒い息をつきながらエースが身をかがめ、サーペントの髪にキスを落とした。丸まった背中を優しい手でなでる。
 しばらく愛撫をつづけてから、サーペントは顔を上げた。頬骨の上が赤らんだ淫猥な表情で微笑して、濡れた唇のはじを舌先でなめた。エースを見つめたまま、ふたたび硬くなったペニスを指先でつうとなぞる。喉の奥で呻くエースを満足げに見ると、彼はベッドサイドのジェルカプセルから残りのジェルを手に落とした。
 濡れた両手のひらでペニスをつつまれ、エースの肩がびくりとはねる。肌であたためるのを怠ったジェルは敏感な場所に刺すように冷たい。ペニス全体へジェルを丁寧にからめながら、サーペントが口のはじで笑った。
「すぐ熱くなる。‥‥熱くしてやる」
 エースの首のうしろで両手首をからめ、引き寄せる。エースは顔を寄せ、唇をかぶせるように深いキスでサーペントの熱さを感じながら、しなやかな体を重ねてベッドへ倒した。サーペントが足をひらき、右の足をエースの腰に回して誘う。互いのペニスをふれあわせたまま、腰をゆすった。
「俺はもう熱いよ、エース──」
 エースが呻くとサーペントの膝を大きくひろげ、腰をかかえた。痛いほどにはりつめた昂ぶりをサーペントの後ろへあてがう。屹立が奥をゆっくりと貫く動きに、サーペントが長い、かすれたあえぎをこぼして、喉をゆるくのけぞらせた。
 深く、奥まで満たされると、膝でエースの体を締めつけ、エースの背中へ汗ですべる腕をのばす。互いの体はもう汗の珠で濡れ、肌と肌の間で濡れた音がきしんだ。
「あぅんッ」
 腰の動きで奥の性感を硬く擦り上げられ、甘い悲鳴がこぼれる。エースはギリギリまで引き抜き、もう一度誘われるまま深く突き上げた。熱い。どちらの体もただ快楽のただ中で滾り、互いの熱に翻弄されながら強烈な愉悦に理性がはじけとんでいた。
 唇が求めあう。喰いつくすようなキス。深くつながり、求めて、世界を見失って熱をむさぼることだけに溺れる。
 突き上げられて、サーペントが滅茶苦茶に首を振り、エースの背中に爪をたてた。そのするどく身にくいこむ痛みすら甘い。エースは呻きをこぼしながら熱い内襞を容赦なく貫き、サーペントの足をさらに深くかかえて結合を深めた。
 ぐいと髪をつかまれ、顔を下に引き寄せられる。おとなしく近づいたエースの唇に下からくちづけ、サーペントは潤んだラベンダーの瞳で見上げてかすれ声で囁いた。
「愛してる」
「!」
 エースの目の前が白く眩む。不意打ちだった。甘い言葉が体の芯を貫きとおり、息も出来ない快感にすべてを手放す。深く、深く。サーペントの熱にとらわれたまま、その奥へ激しく達していた。


 つっぷすように伏せたエースの体を受けとめ、抱きしめて、サーペントは汗に濡れた男の体に愛しげな手を這わせる。指の下で、エースの体は小刻みにふるえていた。
 やがてそのふるえが大きくなり、クスクスと笑い出して、エースは肘で上体をおこした。サーペントの唇にくちづけ、また笑う。笑いつづけながら横にゴロリと寝ころんだ。
 奥からエースが抜けていく感触に、サーペントがかすかに目をほそめた。エースは笑いながら体を横にして頬杖をつき、サーペントを見た。
「卑怯者」
「めちゃめちゃよかった」
 そう答えて微笑し、サーペントはエースへ唇を寄せる。濡れた唇のかわいたキス。だがひどく甘い。囁いた。
「言ったろ。お前は時々、可愛い、エース」
 溜息をついて、エースは頬にまつわりつくサーペントの髪を払ってやる。
 引き寄せられると、サーペントはおとなしくエースに身をよせ、汗の引きはじめた体を預けた。互いに腕を回し、二人はおだやかに無言でいたが、ふとサーペントが呟いた。
「シェイン、無事かな?」
「‥‥心配か」
「あ、妬いてる」
 肩をゆらして笑い、唇でエースの耳朶をもてあそんだ。エースは大きくひとつ溜息を吐き出す。
「お前は‥‥」
 サーペントの腰が軽いのは今に始まったことではないし、エース自身セックスの相手を相棒ひとすじに限っているほどストイックなわけではなかったが、今回は少々くたびれた。
 エースの横に身を丸め、ぴたりと体をそわせて頭をエースの胸によせ、サーペントが呟いた。
「だって、しょうがないじゃん。お前とばっかり寝てると、体の輪郭がおかしくなる」
「‥‥はぁ?」
「お前とセックスしてると、どこまで自分の体かよくわかんなくなる。何か‥‥お前の中に、溶けそう」
 エースは少し眉を寄せて天井を見上げ、猫のような仕種で胸元にすりよるサーペントの頭を無言で抱いた。ポンポンと、優しいリズムで叩いてやる。
「たまにはほかの奴と寝て、どういうもんか覚えとかないと。体がズレる」
「ふーん‥‥」
 なんだそりゃと思いはしたが、サーペントが大真面目に言っているのもわかったので、エースはとりあえず口の中で相槌を打った。当の本人だって言っていることの意味がわかっているかどうか。
 サーペントはエースの胸に頭を預けて、小さく欠伸をする。
「エース。眠くなった」
「寝ろ。きれいにしといてやるから」
「うん」
 かすかにうなずいたと思うや、全身からコトリと力が抜けた。重みを心地よく受けとめてやりながら、エースはサーペントの呼吸のリズムがゆっくりと鎮まっていくのをじっと聞いていた。
 しばらくそうしていてから、眠った相棒の頭頂部を見おろして、彼はしみじみと呟く。
「‥‥つまり、永遠に浮気者だと言うことか、お前は」
 今日も、明日も、明後日も。