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【3】

 生きのびたのは奇跡だと療法師は言い、動けるようになるや早々に戦いに戻ろうとするサイヴァをののしって寝台に縛りつけたが、それも三日が限度だった。縛りに来る相手をサイヴァがかたはじから殴り倒すと、さじを投げた療法師は彼の自由にさせた。どちらにせよ、砦に余計な病人をかかえておく余裕はない。
 サイヴァは剣を取って戦いに戻った。床に伏していた間にシィロの弔いは行われ、彼の荷も寝床ももはや無い。すでに死者の名残りはどこにもなかった。死はここでは日常的におこる。一人の死者の姿など、そのほかの多くにまぎれてはっきりとは見えてこないのだった。
 死者は歩み去ってゆき、サイヴァはまたこの暗黒の地の砦に残る。何回そんなことが繰り返されただろう。数えたこともない。
 ふたたび剣を握っても、どうしてか、戦いは前のようには彼を昂揚させなかった。血を流して地面に伏していた、あの時の骨までくいこむ冷たさが、いまだ身に残ってサイヴァを悩ませる。どれほど斬っても、どれほど殺しても、返り血ばかりが熱いだけで体の熱は戻らなかった。生きている気がしない。


 鍛冶の作業場のすみに座りこんで、サイヴァは剣からとびちる火花を見ていた。助手が足踏みで回転させる研磨用の回し車の前に鍛冶師が立ち、注意ぶかく剣の腹を車輪にあてると、剣がこすれて火花が上がるのだった。
 回転の呼吸をあわせるため、鍛冶師が歌のような拍子を口ずさむ。助手の口もそれにあわせて動いていた。二人ともに汗だくで、こめかみのあたりに血管が浮いて見える。作業場の向こう側からは、くりかえし木槌で金属を叩く音が甲高くひびいてきた。
 サイヴァの剣の研磨はもう終わっていた。だが作業場にたちこめる喧騒に身を浸していると、自分の内側にぽっかりと口をあけた空洞が、この騒がしさにとけていくような気がした。火花、炎、金属。どれもかつてはサイヴァをあたためるに充分だったものだ。
 鉄が叩かれるけたたましい音の向こうから、こちらに近づいてくるかわいた足音がきこえた。ほんの小さな音を、サイヴァの耳は鋭敏に拾い上げる。足音の主が誰かもわかったが、反応はしなかった。
 傷を負い、サイヴァが武器庫管理の采配役をとかれてから、一度も会わなかった相手だ。そういうことなのだろうと、サイヴァは判断していた。もう、おもしろみがなくなったと言うことだろう。そう思っても何の感慨もなく、今こうして足音を聞いても心に動くものはなかった。
 足音は彼にまっすぐ近づいてくる。一歩手前にぴたりととまってから、靴先でサイヴァの足をこづいた。
「こっちを見ろ、サイヴァ」
 サイヴァは半ばとじていた目をあけて、すぐ前に立つロウを見上げた。疲れているな、と思う。久々に見たロウはあまり眠っていないのか、だらりと両手を垂らしてわずかに前へ傾いだ姿には、濃い疲労が漂っていた。この男には珍しい。
「用か?」
 つき放すようなサイヴァの言い方に、ロウは顔をしかめた。サイヴァをにらむ両目にははっきりとした怒りがある。
「何であんな無理な突撃をした」
「退却路を確保するためだ」
 淡々と、サイヴァはこたえた。今朝の巡回で、サイヴァの属する小隊はイジャーディンの群れに押しつつまれそうになった。サイヴァの突破で囲みを崩壊させ、一人の死者も出さずに戻ってこれたが、それは僥倖以外の何ものでもなかった。
 ロウはぴしりと打つような声で言った。
「どうして一人でつっこんだ、と言っている! お前が死んでいたら隊が乱れ、それこそ殲滅されていたぞ」
 サイヴァは唇を歪めるようにして笑う。
「ディエンツが、エスピアごときに己の戦い方を申しひらきする必要はない」
「これで何度目の勝手だ、サイヴァ」
 ロウの手がサイヴァの肩をつかもうとしたが、サイヴァは鞭のように左手をしならせてその手をはじきとばし、一瞬で立ち上がった。苛立ちと怒りをむき出しにしてロウをにらみつける。
「文句があるならトゥギウスに言え。ディエンツのことは彼の采配だ。俺は、エスピアの指示は受けん!」
「俺たちはこの砦では仲間だ」
 歯をギリリと噛んで、ロウがきしるような声を押し出した。
「それがわからんなら、貴様はここにいる価値がない。お前のやっていることはディエンツとしての戦いなどではない、サイヴァ。ただの無理無謀だ。己の命も、仲間の命も危険にさらしている」
「では俺の国にそう言え、エスピア。俺が戦士として使いものにならんと言ってみろ」
 息がふれるほど顔を近づけて挑発的に言い放つと、サイヴァはロウの横を抜けていこうとした。回し車のそばにいる二人の職人は手をとめて彼らの様子を見ている。続けろ、とあごをしゃくった時、ロウの腕が彼を前からつかみ、サイヴァの体を石の壁へ叩きつけた。
 肩をつかんでサイヴァをゆさぶり、ロウは怒鳴った。
「あのハルヴァーティンがお前の頭を半分喰っちまったのか? サイヴァ、俺の言うことがわからないか?」
 荒々しい声で、ロウはつづけてサイヴァにはわからないエスピアの方言らしきものでののしった。その間もサイヴァを石壁へ押しつけ、ゆさぶっている。
 サイヴァはあまり言葉の中身をきいていなかった。ロウが──この冷静沈着な男が、金の髪を乱して息を荒げ、怒りにつき動かされるままサイヴァに子供のようなののしりをぶつける姿におどろいて、ぼんやりとロウを見ていた。
 しまいに何も言わないサイヴァに痺れをきらしたか、それともののしる言葉が尽きたのか、ロウはサイヴァの左腕をつかんで大股に歩き出した。
「来い!」
 振り払うことなど簡単だった。ロウの方が背丈はあるが、肩回りなどはサイヴァの頑強な肉体の方が上回っている。ロウにそんなふうに、なすすべのないように引きずられていく必要などないはずだ。だがサイヴァは、自分の腕に痛いほどくいこむロウの指を振りほどくことができなかった。その手につかまれた左腕が熱く、まるでしびれたようだ。
 自分の部屋へくると、ロウはサイヴァをつきとばすように中へ入れ、分厚い扉を叩きつけてしめた。
 しばらく見ないうちに室内の様子がかわっていて、サイヴァは腕をさすりながら見回した。大テーブルの上に大量の書物が積まれているのが目を引く。染料で印をつけられた壺やら箱が棚につめこまれて、以前より狭く見える部屋には少し独特の、酸いような匂いが漂っていた。
 これでは軍議もできまいが、別の場所を使っているのだろうか。サイヴァは怪我のあと、武器倉の采配役の任を解かれて役つきではないため、もう軍議にはくわわっていない。上の動きのことはよくわからなかったし、もはや興味もなかった。
 ロウがサイヴァへ向き直ると、襟首をつかんで絞り上げた。またゆする。
「前の貴様は俺にこんなことを許したか? 目をさませ、サイヴァ! 戻ってこい」
 荒々しくかすれた声で言いながら、サイヴァをゆさぶり続ける。まるで子供だった。
「何だ──」
 サイヴァが顔をしかめると、ロウはまた何か聞きとれない言葉でののしってから、かためた拳でサイヴァの下顎を殴りつけた。サイヴァは一歩よろめいて、足を踏みしめ、反射的に振り抜いた右の手の甲でロウの頬を殴っていた。ロウと同じくサイヴァも本気の力ではなかったが、思ったより力が入った。ロウの体がまるではずむように、背中から扉へ叩きつけられる。
 ずるずると床へしゃがみこんで、ロウはしばらく荒い息をついていた。サイヴァは顎をなでながら歩みより、相手の太股あたりをブーツで蹴る。
「どいてくれ」
「‥‥‥」
 ロウは下を向いたまま低い声で笑って、乱れた髪をかきあげながらサイヴァを見上げた。エスピアの部族では男の髪は短く刈られるが、戦士だけが髪を長くすることをゆるされる。のばした髪を思い思いに飾る者が多い中で、ロウは金髪に何も飾らず野放図にのばしているだけだったが、彼の髪のような色合いをもつ者はほかにいなかった。
 暗いつやのある、細くちぢれた金の髪が自分の頬をくすぐる感触を、サイヴァはよく知っている。指にその髪がからむ感触も。汗に濡れた髪の色も。
 そうして彼の姿を見おろしていると、ふいにサイヴァは内臓が絞り上げられるような息苦しさをおぼえた。内のざわつきを振り払うように、強い口調で言う。
「どけ。もう俺に用はないだろう」
 サイヴァを見上げるロウの目の奥に強い光があった。
「‥‥どうしてそんなことを思う」
「お前は──」
 会いに来なかった、と言いかけた言葉を呑みこんだ。そんな情けないことをこの男の耳に聞かせてやるつもりはなかった。言葉をえらぼうとして、結局、ぼそりと呟く。
「‥‥今さら、俺にかまうな」
「俺が会おうとしなかったのは」
 床へ座りこみ、扉にくずれるようにもたれたまま、ロウがゆっくりと言った。
「お前の誇りを傷つけると思ったからだ。お前は‥‥弱っているところを見られたくないと思った。エスピアの男には」
「‥‥‥」
「サイヴァ」
 ロウが手をさしのべた。ほとんど反射的に、サイヴァはロウの手首をつかみ、引き上げてやる。ロウが目の前に立つとサイヴァより少し頭が高い。
「だが、今のお前は見ていられない」
 溜息のように呟いて、ロウがサイヴァの短い髪をつかみ、唇をかるくあわせた。ロウの傷のある唇がふれてくる、その生あたたかな感触がサイヴァの体の奥にある愉悦の記憶をゆさぶる。ロウは舌でサイヴァの唇の内側をねっとりとなめ、熱い息を唇ごしに吹きこんだ。ざらついた舌に唇の裏の粘膜をこすられて、サイヴァは顔をそむけようとしたが、ロウがかすれた声で囁いた。
「逃げるな、サイヴァ」
 その声にいつものような怜悧さはなかった。サイヴァを凝視するロウの目にも、訴えかけるような、どこか不安げな光がある。こんな顔をする男だっただろうか。
 ロウはサイヴァのあごを指でなぞるように撫であげ、また唇をあわせた。サイヴァをためすようにゆっくりとした動きから、サイヴァは逃げなかった。
 少し時間をかけてサイヴァの唇をねぶってから、ロウはサイヴァの髪をつかんで強く引きつけ、ふいに互いの歯がぶつかるほどの勢いで熱いくちづけをむさぼり出す。舌を深くさし入れてサイヴァの口腔内をまさぐり、サイヴァの舌に舌をからめて吸った。その間もあわせた唇はねっとりと動き、サイヴァの唇に吸いつくような音をたてた。
 ロウの情熱がサイヴァの中の何かをつき崩した。ロウの髪に指をさしこんで金髪をつかむと、顔をねじるように唇を押しつけた。我を忘れ、互いに互いの唇と舌をむさぼる。ロウが頭の角度をかえるたびにサイヴァの指の間で細い髪がすべり、それをまた握りしめ、引きよせる。
 殴った時に切ったのか、ロウの唾液は血の味がした。それを呑みこみ、さらに激しい舌で傷をさぐりあてる。鉄の味がする頬の内側をまさぐっていると、その舌をかるく噛まれ、背すじがぞくりとした。
 いつのまにかサイヴァの体は扉に押しつけられていた。唇を重ねあったまま、ロウは乱暴な手でサイヴァの上着の前留めを外し、脱がせようとする。サイヴァはロウの髪を放して自ら上着を脱ごうとした。二人の体がぴったりと合わさっているので手間どったが、サイヴァの分厚い皮の上着が重い音をたてて床に落ち、剣帯がそれに続いた。
 二人は互いの服に手を回し、脱がせようとする。荒々しい焦った動きがぶつかりあい、互いの体をぎこちなく、がむしゃらにまさぐった。サイヴァは鎖の編みこまれた重い胴着からどうにか右腕を抜いたが、そこで扉に押しつけられ、膝の間に割りこんできたロウの太腿が股間を押し上げてくるのを感じた。思わせぶりな圧力にたちまちサイヴァの牡が反応する。ロウにもすぐそのことがつたわったはずだ。太腿の接触が愛撫めいた執拗な動きにかわった。
「ロウ‥‥」
 思わず呻くと、はだけられたサイヴァの首すじに吸いついていたロウが顔を上げ、濡れた口を歪めてニヤリと笑った。
「言ってみろよ、サイヴァ」
 サイヴァはロウの脇腹を軽く殴る。
「黙れ」
「なら、俺が言ってやる」
 顔を寄せながら、のばした舌でサイヴァの下唇をなめると、ロウは湿った声で囁いた。
「お前がほしい。今すぐ、全部」
「‥‥俺は」
「もう黙ってろ」
 それまでの荒々しさが嘘のように優しく唇を吸われて、サイヴァは言葉を失う。もうどうでもよかった。ロウの唇や手がふれた肌が熱い。はりつめている股間にロウがまた太腿を押しつけ、服の上からこねるようにされると、下肢から力が抜けて膝から崩れてしまいそうだった。
 ロウが手早く上の胴着を放り捨てて上半身裸になると、扉の掛け金をおろしてサイヴァの腕をつかんだ。背もたれのない見慣れた長椅子に歩みより、のっていた服を叩きおとす。それからテーブルの逆側まで歩いていくと、何かをドサドサと落とす音がして、すぐにもう一つ長椅子をかついで戻ってきた。
 それを元の長椅子の横に置き、二つならべた長椅子の上に、ロウは乱暴な手つきでサイヴァをつき倒した。サイヴァは、もどかしい手で残った服を残らず脱ぎ捨てる。ロウも脱ぎ残していた下服とブーツを体からはぐと、獰猛な勢いでサイヴァにのしかかった。
 大柄な男二人の重みと動きに長椅子がきしみ、そろいの悪い椅子の足がガタガタと鳴った。獣のように荒々しい息づかい。時おり洩れる低い呻き。ひそやかに飢えたふたつのけだもの。


 ロウの行為はいつもにもまして性急だったが、サイヴァもそれを求めていた。油薬に浸したロウの指が自分の奥へ深くつきたてられ、太い親指が内をさぐっていく異物感に肌が粟立つ。サイヴァの両脚を肩にかつぎあげたロウが、奥に指を深くさし入れながら目をほそめた。
 ロウの肌も興奮に赤らみ、目には欲望がギラついている。サイヴァの内側をえぐる親指を容赦なく奥まで沈めて、ぐっとひろげるように動かした。
 吐きそうだ、とサイヴァは思った。ロウの肩に両膝をかけ、体をたわめられて、腰のうしろが長椅子から浮いている。足をひろげ、たかぶった自分の牡も奥もロウの前に無防備にさらけ出した、そんな自分の体勢も情けない。
 だがロウの指がそこにあるだけで息がつまり、深く沈めて動かされると、強烈な異物感すら快感として感じた。ロウの肩にかけた足に力をこめ、自ら腰を浮かしてゆする。ロウの指の動きは性急で、サイヴァに快楽を与えることよりも彼自身の情欲を早く果たすために動いていた。そのことが、どうしてか余計にサイヴァをたかぶらせる。
 ロウの指が抜かれると、まるで腹の中がからになったような飢餓感に呻いた。体の奥が飢えにひくつく。すぐにもっと大きく脚を押しひらかれ、体が二つ折りになるほど折り曲げられた。サイヴァの脚を膝の裏ですくいあげたロウは、両手でサイヴァの腰をつかみ、己の屹立をすぼみに押し当てて、ぐっと腰をすすめた。
「ひっ‥‥」
 圧迫感に息がつまる。痛みにはもう慣れきった体だったが、ロウの大きな屹立が体を押しひろげ、貫いてくる感覚は、常にサイヴァを圧倒する。まるで、自分の体だと思っていたものが、深みからくつがえされていくようだった。肉体が強引にひろげられ、また深く、さらに深くロウのものが押し入ってくる。
 ロウは半ばまでサイヴァを貫き、噛んだ歯の間から細い息を洩らした。ゆっくりと腰を引く。ずるりと内奥が引きつれていく異様な感覚に、サイヴァは口をあけて喘いだ。また体の内側がからっぽになる。それを満たせるのはひとつだけ、ひとりだけだ。
 ロウもサイヴァも汗だくだった。もう一度、ロウの牡がサイヴァの奥を貫いていく。サイヴァの屹立も硬くはりつめ、ロウに犯されていくこの瞬間にも、先端から透明な滴をあふれさせていた。
 サイヴァの尻に腰がぴたりとつくほど深く己を沈めると、ロウはさらにぐいと体を押しつけ、サイヴァにのしかかった。脚を胸につくほど折り曲げられ、ロウの重みをまともに受けとめて、サイヴァは息ができない。のしかかってきたロウの腹筋にサイヴァの楔が幾度もこすられて、股間からするどい快感がわきあがった。サイヴァは細く呻きながら、胸全体をあえがせて息をする。
 ロウが眉根をよせ、どこか苦しげにサイヴァを見つめた。
「きついか。‥‥後ろの方がいいか?」
「──」
 声がうまく出ないまま、サイヴァは頭を振る。下に四肢をついた体勢の方が、たしかに男を受け入れるには楽だ。だが今はロウの顔を見ていたかった。汗ばみ、息を荒げ、快感を今もまたこらえながら、サイヴァを抱く男の顔を。
 ロウが何か言おうとしたが、サイヴァが彼の腰に両脚を巻き、自分の腰をゆすると、するどく息を呑んだ。我を失ったその顔を、サイヴァは少しばかり満足げに見上げる。
 途端にロウがぐいと彼の膝をかかえあげ、さらにサイヴァの腰を浮かせると、深くつながったまま腰を大きくゆさぶった。サイヴァはきしむ長椅子のはじを手でつかみ、快感をこらえながら、快感をむさぼって喘ぐ。
 ロウはもはや一時も休まなかった。サイヴァに何の猶予も与えず、ぐいと引いて奥まで腰をうちつける。灼けるような熱さにサイヴァの全身が引きつった。信じられないほどの深みをロウの熱がえぐっていく。己の体だとも自覚できないような深い場所に、ロウの熱が火傷のように刻みこまれていく。
 サイヴァは荒々しい動きでロウに応じた。汗みどろの体がぶつかりあうように動くたび、彼らの重みに耐えかねた長椅子がきしみをあげた。
「う‥‥あぁ、あっ」
 頭を左右に振って、サイヴァは激しく動くロウの腰に両脚をからめた。ロウの硬く屹立した牡がまた深く、濡れた音をたててサイヴァの奥まで突きこまれる。
 満たされた瞬間の熱さ、引き抜かれていく苦しいほどの空虚感。そしてまた容赦なく満たされる。もうどうしようもなかった。ロウの求めに体中で応じながら、サイヴァは喉をのけぞらせ、声にならない息を喉に引きつらせた。ぐっと、奥まで押しこまれたものをさらに深くで動かされる。快感のいき場がない。
 ロウがサイヴァの浮いた腰をかかえこんで尻の後ろをきつくつかみ、はりつめた牡を激しく突きこむ。快感に目の前が白く灼けて、サイヴァの全身が痙攣した。奥を満たす男の屹立をきつくくわえこんだまま、彼は身をのたうたせる。ほとばしるように射精していた。
「あ‥‥ああ‥‥」
 はげしい愉悦の波に襲われて、口のはじから唾液をこぼしてあえぐ。ロウが彼の尻をつかんだまま、数度、早い動きでサイヴァを突く。そのたびに頭の芯まで灼けるようだった。これ以上に熱いものをサイヴァは知らない。戦いの熱すら、この熱と愉悦には及ばなかった。
 ロウが何か呻いて、動きをとめる。体がバラバラになったような虚脱感の中でサイヴァは目をとじた。ロウの熱が彼の奥に注ぎこまれ、またそこに彼の熱さを刻みこむ。この男とひとつになっていたのだということを、サイヴァに骨の髄まで思い知らせる熱だった。
 ロウの牡が奥から引き抜かれると、いつも以上に体が虚しくなる。だがすぐにサイヴァの体を熱いものがつつんだ。汗みどろの体でのしかかって、ロウががむしゃらにサイヴァに腕を回し、抱きしめていた。
 重い、と言おうとしたが声が出なかった。サイヴァは痺れたような両腕を、汗ですべるロウの背中に回す。すがりつくようにサイヴァを抱きしめる男の背を、力の入らない腕で抱いた。突然静かになった室内に、二人分の荒い息だけが重なり合って聞こえていた。
 ロウがのろのろと顔を上げ、サイヴァに唇を重ねる。二人ともに口をひらいて、たっぷりと味わうようなくちづけを続けていたが、やがてロウが唇をはなし、囁いた。
「お前が自ら死に急ぐのを俺が放っておくとでも思ったか、ディエンツ? 俺が殺すと言ったのを忘れたか、お前は」
 サイヴァは黙ったままロウの頭のうしろに手を回し、汗に重く湿った金髪をかき乱すようにロウの頭を引きよせて、ふたたび唇をあわせる。息苦しくなるまでくちづけを重ね、すべてを忘れるほどに抱きあった。


 手早く身づくろいをしている最中、太い角笛の音が砦の壁をふるわせた。警報だ。サイヴァはちらっと顔をあげ、腰に剣帯を巻いて上着をはおり、部屋を出ていこうとした。
「サイヴァ」
 同じように身をとりつくろったロウが、後ろからサイヴァの腕をつかむ。振り向いたサイヴァの体を一瞬、きつく抱いた。
「死ぬな。‥‥お前を殺すのは俺だ」
 ロウの声は熱く湿っていた。
 いつか、彼らは互いの戦場で相まみえることがあるのだろうかと、サイヴァは思う。その想像は熱の残った体に一瞬の陶酔をもたらした。戦いの場でロウと向きあい、全身全霊をかけて戦う。それはたった今かわした情交よりも、はるかに濃密で純粋な時間に思えた。
 自分を見つめるロウの顔を、サイヴァはかるく指の背で叩き、笑った。
「まさか、エスピアの。その時に死ぬのはお前だ」
「たのしみだ」
 ロウも笑って、ふたりはかるく唇をあわせ、離れた。部屋を出たサイヴァは、警告と集合の合図を鳴らしつづける銅鑼のリズムの中を走り出す。
 この砦から離れれば、敵となる男。殺すべき男。この砦を離れれば、彼を殺すと言いきってためらわない男。そしておそらく、彼を殺してためらわない男。その男のためにもうしばらく、この闇の地で戦い続けようかと思った。
 熱の残る体に気合の息を吸いこみ、サイヴァは出撃の準備にさわがしい兵倉棟へと走りこんだ。敵が迫りくる。また、彼らと獣の時間がはじまるのだ。
 血の果つるまで。さもなくば、この魂の果つるまで。

END