物も言わずに唇をむさぼりあった。記憶よりはるかに熱く、ただ急かされた舌が求めあう。濡れた音をたてながら唇を押しつけあい、互いの舌を絡ませて口腔深くをなぶりながら、二人はソファに身を倒した。
 オーガストの手がジーンズの上から股間を強くまさぐり、ヴィクが喉に悲鳴をつめた。それはたちまちに硬くはりつめて、オーガストはベルトを外して前をゆるめ、ジッパーをあけて内側の熱を下着ごしにたしかめた。ブリーフとジーンズをまとめて下げようとするオーガストへ、ヴィクが切れぎれに呻く。
「オーガスト‥‥駄目だ、ああっ、ん、シャワーを──」
「OK」
 にやりと笑って、オーガストはヴィクの下半身をむきだしにする。はじけるように布地の下からあらわになったペニスを握りこみ、甘い悲鳴をきいた。
 手でしごき上げながら、返事もできずにあえいでいるヴィクの耳たぶをなめあげる。身をふるわせた彼を抱きしめた。
「洗ってやるよ」


 言葉通り、泡立てたボディシャンプーで体をすみずみまで洗うと、ヴィクはたえまないほどの声をあげてオーガストにすがりついた。もともと敏感な体だが、気が昂ぶっているためか、オーガストがわりと真面目に洗おうとしているのに感じてしまうらしく、それを自分で困っている様子がおかしかった。からかうようにもてあそんでいるうちに、オーガストも本気になって、いつのまにかヴィクの感じるところを泡に濡れた手で責めあげていた。
 タイルの上の体を後ろからかかえこみ、オーガストはひろげさせた足の間に手をさしこむ。奥の窄みをなでるとヴィクがねだるように腰をゆらした。オーガストは、泡でぬるついた指をヴィクの奥へねじりこむようにさし入れる。
「あっ、ん──」
 オーガストへ背中を預け、思いきり足をひろげて受け入れながら、ヴィクが声を上げた。指が奥へ入り込むと息をつめて喉をそらす。それをあやすように首すじへキスをくりかえし、オーガストは指の数をふやして奥の柔襞をなぶりはじめる。ひくりと震えた襞はすぐに熱くオーガストの指を締めつけた。
 それを撫でるように慣らしながら、段々と動きを大きくして、内でぐるりと指を回すように乱す。快感がはしったのか、さらに強く指をくわえこみ、ヴィクは熱をおびた声で呻いた。
「ひぅんっ、ああっ、そこ──、そこっ」
 ねだる場所をくりかえし指の腹でなぶると、声がかすれ、ヴィクのペニスの先端からさらに液がこぼれた。ヴィクの腰の後ろにオーガストの昂ぶりがふれている。その熱にも感じるのか、ヴィクは頭をオーガストの肩に預け、浮かせた尻を揺らしてオーガストのペニスに自分の体を押しつけた。息をつめ、オーガストは指の動きをさらに増す。一度抜いて湯で濡らした指を再び挿入し、ひくつく奥孔の内側を容赦なく擦り上げ、快感の急所をえぐった。
「ん、や、あああっ!」
 ヴィクの体がはねるようにねじれ、悲鳴をあげた瞬間、ペニスが精液を吐きだしていた。一度に放たれるのではなく、押し出されるようにどろりと精液があふれ、茎をつたっていく。数秒の絶頂にゆらぐヴィクの体を抱きしめ、さらにオーガストは指を深くすすめた。そこは絶頂の脈動に合わせるようにオーガストの指を締めつけてくる。
「ひぁあ‥‥ん、あ、あああ──」
 泣くような声を上げるヴィクの腕が下からのびてオーガストの首にからみつく。引かれて首を倒したオーガストを見上げ、ねじれた姿勢でヴィクは激しく唇をあわせた。奥をえぐられて腰をゆすりながらオーガストの舌を吸い上げる。抱いた腕の中でヴィクの体が快感にふるえた。
 荒い息をついてオーガストは指を抜く。シャワーヘッドをフックから外し、うるんだ目で見上げてくるヴィクの頭の上から湯をかけて彼と自分の泡を流すと、力なく座り込んだままのヴィクに少し笑った。
「指だけか?」
「‥‥‥」
 ヴィクも微笑して、腕で体をおこすと、オーガストのそれへ手をのばし、しごきあげて口に含んだ。もう濡れている先端を上あごに押し付け、舌を裏側にねっとりとからませ、ぴちゃぴちゃと唾液の音をたてる。オーガストが呻きをこぼすと、口をはなしてかすれた声で言った。
「オーガスト。‥‥ほしい」
 湯のつたう頬を、オーガストが優しい指先でなでる。見上げてくるヴィクの目には彼への欲望と快感への期待しかなかった。睫毛に小さな水滴がとまり、ヴィクがまばたきすると散った。
「ベッドに行こう。立てるか?」
「ん‥‥」
 オーガストの腕を借り、少しよろめいたがヴィクは立ち上がる。廊下に濡れた痕を引くのも気に留めず、二人はベッドルームにたどりつくとひんやりとしたシーツの上へ互いの体を投げ出した。
 しばらく唇をあわせて互いの体へ手を這わせていたが、オーガストはふいにヴィクの両手首をつかみ、頭の上へ押しあげた。ヴィクがけげんに目を見ひらくが、キスが続いているせいで質問は喉の奥に封じられ、頭上でクロスさせたヴィクの手はベッドの頭側のパイプにふれた。
「‥‥握って」
 オーガストが囁く。ヴィクはうなずいて、腕をクロスさせたまま並んだパイプを手で握った。黒いスチールパイプに指をからめ、自ら拘束されたようになりながら、オーガストをじっと見つめている。オーガストが長く舌を出して首すじの滴をなめると、その体がゆるくそる。ヴィクは耳のうしろに弱い。舌先でそこを焦らすと汗の匂いが濃くなって、欲望を濡れた体が訴えはじめる。
「あぁ、ん、ふ‥‥」
「離すなよ」
 手首に軽くふれられて、ヴィクはうなずいた。
 荒い息をこぼす唇を指でなぞり、頬をなでて、オーガストは熱い体の上へ顔を伏せる。鎖骨から首のつけ根のくぼみまでを舌でなぞり、呻きを聞きながら胸の中心をゆっくりと下がっていく。指がゆっくりとヴィクの乳首をつまみ、いきなり強くこねあげると、電流のような感覚がヴィクの体を下肢まではしった。
「んぁっ!‥‥あ、あっ!」
 唇が胸を這いながら、硬くいじられた乳首へ近づいてくる。周囲をなめられてヴィクは恍惚として身を揺すったが、やわらかな唇は突起の先端を少しつまむようにしただけで離れた。
「やっ‥‥オーガストっ‥‥」
「まだ俺が誰だかわかってるんだ」
 オーガストの笑みを含んだ声が言った瞬間、指がぬるりと奥へ入り込んできてヴィクが声をあげた。バスルームでなぶられた裡襞は熱く、こねまわす指を無理なく呑み込んでさらに深く締めようとする。長い二本の指が容赦なく奥をさぐり、すぐに三本目も内側へねじこまれて、ヴィクは鮮烈な快感に身をよじったが、ポールは離さなかった。
「ひっ、ん、ああっ、やぁっ──」
 膝をたて、もっと深くとせがむように脚をひらく。頭をゆすった。指よりも熱いものをねだって甘い声をあげる。
「も‥‥挿れて‥‥、オーガスト──!」
「うん?」
 生返事を返し、オーガストは滴をこぼすヴィクのペニスの先端にキスする。奥をなぶる指を少しゆるめながら、舌腹で茎を丁寧になめあげた。
「あぁ──、んっ、ひぁ‥‥」
「なんでレックスなんか誘った?」
 その問いに体がびくりとしたが、ヴィクはパイプを離さなかった。それを見ながらオーガストは先端を含んで舌先でやわらかくなぞる。奥へ入ったまま動きがとまった指を柔襞が締めつけ、ヴィクが小さく身をくねらせた。
「どうしてって‥‥ずっと‥‥そう、やって──ああッ」
「何で生身で、ってことだよ」
 左手の指先をペニスの先端にかけ、亀頭にゆるく爪をたてる。
「やっ! 痛い、やめっ‥‥んっ」
 ペニスから爪を外し、後孔を責める指でゆっくりとした挿入をくりかえすと、ヴィクの立てた膝が揺らいだ。太腿はにじむ汗で湿っている。愛撫でひろげられた窄みの周囲はピンクに紅潮し、指が動くたびに筋肉がひくついた。
「言えよ。ヴィク」
 単調な愛撫をくりかえしながらオーガストがじっと見ていると、ヴィクが先に音を上げた。
「だから──たしかめようと、思っ──」
「何を」
 意地悪く浅いところを指先でまさぐる。太腿の内側にはりつめた緊張の筋が浮き上がり、オーガストは左手の指でそれをなぞった。ヴィクが呻きをあげる。
「‥‥君と寝るのと、どうちがう、のか」
 早口に言った。オーガストの指がほんのわずかの動きしか見せないのに、焦れた声をたてた。
「やだっ‥‥もっと、奥──あ、ふぁっ‥‥」
「どうちがった?」
「‥‥‥」
「ヴィク」
「も──やめ‥‥、やっ!」
 オーガストが手をとめると悲鳴のような声をあげて腰をゆすった。次の瞬間、感じる場所を容赦なくこねるように擦られて、ヴィクの喉がそった。乳首は愛撫で赤く色づいている。その胸が大きく動き、荒い呻きをあげた。
「あああぁっ!」
 しなる体を見つめていたが、オーガストは指を引き抜いた。開いたヴィクの足を肩にかつぎあげ、尻を両手でつかんでぐいと左右にひろげる。ヴィクはあからさまな体勢に頬を染めたが、シーツからオーガストを見つめる目は絡みつくように物欲しげで、官能的なまなざしだった。オーガストは息をつめる。もっと啼かせてみたいという思いもあったが、そろそろこちらも限界だった。窄みの外側へペニスの先端をこすりつけるとヴィクがひらいた唇から快感の喘ぎをこぼしはじめる。オーガストはヴィクを見つめたまま、その奥へ自分の楔を沈めていった。
 はじめだけはゆっくりと慣らすように挿入したが、ヴィクの体がそれを受け入れると、すぐに激しい動きで突き上げる。
 奥まで貫かれるたびにヴィクが叫びまじりの呻きを上げ、快感にのけぞる体の内側でオーガストのペニスをしめつける。熱く溶けるような体の結合部は突き上げると湿った音をたて、さらに深くオーガストをくわえこもうとする。情欲にあぶられた体はオーガストのわずかな動きにも反応し、飢えたようにしめつけ、むきだしの快楽をさらけだしながらヴィクの体は快感に追いつめられはじめる。体の芯がはぜるような熱がスパークする。狂っていきそうな純粋な快楽を体が先に暴走して求めだす。刻み込まれた記憶をなぞるように。教えこまれたルーティーンをたどって、その先にある高みへと。
「いやだぁっ──」
 ヴィクが呻いた。頭上のパイプをつかむ手首に力がこもり、腕の内側に強くはりつめた血管と筋が浮き上がる。何かをこらえるように激しく左右へ頭を振った。
 オーガストは強く腰を打ちつけて、ヴィクの熱く脈動する襞を擦り上げる。
「あああっ!」
「呼べよ、ヴィク」
 荒々しくしゃがれた声で、彼は囁いた。
「いいよ。呼べ!」
 強い音をたてて幾度もつきあげられ、ヴィクの首がそった。汗みどろの肌がふるえ、引きつれたような音をたてて息を吸う。汗みどろの体をのけぞらせ、全身で快感に溺れながら切ない声を上げた。
「オーガスト──!」
「!」
 歯を噛み、その間から荒い息を洩らしながらオーガストはただヴィクを突き上げる。ヴィクの体がふるえてペニスから白い精液がほとばしり、ほとんど体が二つに折り曲げられたような体勢で、それはヴィクの胸から顔にまでとびちった。
 恍惚として呻く彼の体の奥が激しく締まる。苦痛にも似た快感にさらに腰を押し込みながら、オーガストは強烈なうねりに呑まれていく。体がバラバラになるような浮遊感。からみつくヴィクの奥。彼に打込まれるペニス。その熱、どろどろの、ヴィクの、快感にたぎる体──
 叫ぶような声をあげ、オーガストはヴィクの中へ己の精液をほとばしらせていた。


 荒々しい呼吸の音だけが重なり合って部屋にひびいていた。
 やがてオーガストはだらりと首にからみつくヴィクの足をおろし、彼の中から精液にまみれた己を引き抜くと、ヴィクの横に倒れるように伏した。シーツの襞に顔をつけ、息を大きくつぐ。
 ヴィクの手はまだ頭上のパイプを握ったまま、指はくいこむような力をこめてそのままこわばっていた。オーガストは起き上がって手にふれ、その指を一本ずつやさしくはがしてやった。
 手を外されると、ヴィクはオーガストの首に腕を回して引いた。オーガストは顔をよせてやわらかくキスをする。唇と唇をあわせて味わうような、静かなキスを重ね、怠惰に舌をからませて互いの体に腕を回した。
 ヴィクがかすれた声でつぶやく。
「ちゃんと‥‥俺の中でいったか、オーガスト?」
「‥‥お前が呼ぶから、驚いて」
「びっくりしたから?」
 クスクス笑って、汗に濡れたオーガストの首すじへ頬をよせる。凶暴な記憶の残るヴィクの体は熱にほてって濡れ、強いセックスの匂いをたちのばらせる肌を、オーガストは強く抱きしめる。
 やがて、ヴィクがもぞもぞと動いた。
「‥‥気持ちよかった?」
 ためいがちな不安。少しおどろいたようにヴィクを見て、オーガストはうなずいた。
「すげぇよかったよ」
「それなら‥‥いいが。何か、自分ばっかりいいような気がして」
「イヴァの時もそう思った?」
 その問いにヴィクの頭がシーツからいきおいよく上がった。オーガストが自分へ向けた表情に微笑があるのを見て、少し体から力を抜き、快楽の名残りでぼけた素直な顔で考え込んだ。
「ん‥‥いや。イヴァの時は‥‥夢中で、不安なんか感じている余裕もなかったと、思う」
 それから体を離し、オーガストの横で頬杖をつくとぐるりと目を回した。
「イヴァと寝てるときの俺がどんなふうか、君の方がよく知ってると思うけど」
 オーガストが思わずくすっと笑う。笑いは段々大きくなって、彼は胸に息を吹き込みながら、体の奥から上がってくる笑いにしばらく身をゆだねていた。久々に身が軽くなる笑いだった。
 笑いがおさまると、自分を心配そうに見ているヴィクの髪をなで、頭を自分の胸に引き寄せた。
「イヴァの話をしよう、ヴィク。俺に‥‥イヴァがどんなだったか話してくれ」
「‥‥本気か?」
「本気だよ。何でだ」
「何でって‥‥オーガスト」
 頭を上げようとしたヴィクをさらに強く抱き寄せ、オーガストはなだめるように頭をぽんぽんと叩いた。
「聞きたいんだ。あんな形だけじゃなく、もう少し‥‥イヴァのことを知りたい。嫌ならいいけど」
「‥‥嫌じゃ、ない、けど」
「じゃあ、イヴァの話をしよう。ヴィク」
 ヴィクはしばらく何も言わずに静かな息で黙っていたが、肌ごしに感じとる彼の脈はひどく乱れて熱い。イヴァのことを考えてそうなっているのが、オーガストにはわかった。汗に濡れた髪をなでる。重く指にからみつく黒髪を丁寧に梳いた。
「‥‥オーガスト」
 その声は少しふるえているような気がした。
「うん?」
「俺‥‥誰ともイヴァの話をしたことがないんだ」
「うん」
「だから、どうやって話せばいいのか‥‥わからない。どんなふうに話せばいい?」
「そうだな。じゃあ、俺が聞こう。はじめはどうやって会った?」
 またしばらく沈黙が落ちる。ヴィクが言葉を選ぶ気配。真剣で、真摯に。ヴィクがまだイヴァに恋をしているのが長い沈黙からよくわかって、オーガストの胸の深みににぶい痛みをもたらしたが、それは決して不愉快な痛みではなく、気怠い思いを受けとめながら彼はヴィクを待った。ヴィクが語る言葉を見つけ出すまで。
 そして、ヴィクはもう一度語り出す。先刻よりもずっとおだやかで、確信に支えられたまっすぐな声。
「そう。雨だった。俺は人に会いに出かけた帰りで、公園の中をつっきる近道を使った。彼は──彼は絵を描いてた。雨の中に座って」
「何の絵?」
「‥‥思い出せない。俺は彼を見てたし、彼は俺を見てた。‥‥あんなことは、はじめてだった」
 小さく身をふるわせる。やがて、ヴィクはやっとききとれるかどうかの声でつぶやいた。
「何の絵だったんだろう。あれから一度も、イヴァが絵を描くところを見ていない」
「絵は趣味で?」
「そう、多分。画廊も持ってると言ってたけど、画家ではなかった、彼は。画家になりたかったのかな」
 なつかしそうに目をほそめていたが、ヴィクはごろりと右サイドを下にして頬杖をつきながら、喉の奥で静かに笑った。
「そんなことも知らない。俺は‥‥変だね。あの時、イヴァのことをあまり知りたいと思わなかったんだ。彼がそばにいて、俺を見て、俺にふれてさえくれれば何もかもどうでもよかった。ガキみたいだ」
「‥‥‥」
「イヴァがいなくなった後は、彼のことをあまり考えないようにしてたし。本当に‥‥何も知らない気がする。こんなふうに誰かに話したこともない」
 視線をふせた。そのまま、遊んでいる指先でシーツの襞をいじっていたが、やがてつぶやいた。
「ありがとう、オーガスト。‥‥これ以上は話せそうにない。ごめん」
「うん」
 オーガストはうなずく。少しの間、ヴィクはためらっていたが、上半身を肘でおこすとオーガストへ体を寄せ、自分から唇にキスした。唇が激しく唇を求め、その内側で出会った舌が互いに深く相手を求める。唇を重ねたままオーガストがヴィクの体を自分の上へ引き上げ、髪の間に指をさしこんでさらに強く引きつけた。ヴィクの唾液が舌をつたって口に流れ込み、オーガストは入り込んでくる舌を吸った。セックスの最中以外でヴィクがこれほど濃厚なキスを求めるのははじめてだった。
 やがて顔を上げると上気した顔で照れたように微笑して、ヴィクはシャワーを浴びにバスルームへ向かう。オーガストはベッドに横たわったまま、頭の下で手を組んで、バスルームから聞こえてくる水音をきいていた。


 水滴をまとわりつかせて出てきたヴィクに大判のバスタオルを貸し、入れ替わりに、オーガストもシャワーでべたつく肌を洗い流した。
 シャワーからあがると、ヴィクの姿はどこにもなかった。服も靴も消えているのをたしかめ、オーガストは髪を拭いながら寝乱れたベッドのふちに腰をおろす。寝室にははっきりと、ヴィクのいた気配と、二人が溺れた情交の名残りが残っていた。人の形をとどめたシーツのよじれを見つめて、彼はヴィクの熱をはっきりと思い出す。電脳セックスでもなく、イヴァの身代わりでもなく、彼の腕の中で乱れたヴィクを。
 ──はじめて、「生身」の彼を抱いた気がした。


 今ごろ一人でどうしているのかと、ビールを飲みながら、夜半にオーガストはぼんやりと考える。何を考えているのだろう。きっと恋人のことだろうとは思ったが、にぶい痛みを感じただけで、怒りや苦さはもうなかった。火傷の痕を肌からはがすことができないように、人の中に残ったものを引きはがすことは出来ない。それは思い知っていた。
(明日になったら‥‥)
 明日になったら会いに行こうと、そう思った。ヴィクの顔を見て、明日なら言えるだろう。これまで一度も、誰にも言わなかった言葉を。
 言えればきっと、そこから何かがはじまる。たとえそれが終わりであっても。きっとそこから、同時にはじまるものがある。

-END-