少年は、黄昏に暮れる空を眺めて、オークの木陰に座っていた。
エルディットは、その様子を神館の窓から見やった。いつから少年がそこにいたのか、わからない。建物の影の落ちる前庭で、暗がりに座ってぼんやりと肘に頬杖をついている。
ゆるくうねる金の髪を首の後ろでたばね、ビロードのリボンを背中へ長く垂らしていた。旅姿のようだが、襟の高いシャツと黒い上着の仕立ては上等なものだ。背中に旅用の長いマントをはおって、膝にふちの広い帽子をはさんでいた。
何か口ずさむように唇を動かしている。
しばらくそれを眺めていたが、エルディットはまた夜課の準備に戻った。週に一度、この古びた街外れの神館にも数人の人が訪れ、歌を歌う。もうじき彼らがやってくるころだった。
水を浄め、水盤に花を浮かべて準備を終えると、窓から外を見た。期待していなかったが、少年はまだそこにいた。
小さな息をつき、エルディットは並べた粗末な木の長椅子の間を歩いて、扉をあけた。
砂まじりの土を踏んで近づいていく足音が聞こえたにちがいないが、少年は振り向かなかった。
エルディットは声をかける。
「どうされました」
少年が片手で頬杖をついたまま、体をひねってエルディットを見上げる。
美しい少年だった。金の髪にふちどられた顔はほっそりとして、不健康なほどに白い膚をしている。大きな眸を少しみひらくようにしていたが、焦点は微妙にエルディットの後ろへ結ばれているようだった。かすむような青霧の色の目を、エルディットはきびしい顔で見おろす。
見たことのない少年だった。それはまちがいない。そして、このあたりにはひどく不似合いな少年でもあった。かつてはこの街をかすめる街道を行く旅人も多かったが、北の街で行われていた大市がとりやめになってから10年、もう街道は滅多に使われなくなり、この街もさびれている。国王軍が道を見回ることもなく、街道が無法地帯と化して長かった。
そんなところを、この少年が一人で旅していけるとは思えない。脇に置かれた荷物もあまりにわずかなものだ。エルディットの不審を感じ取ったのか、少年は目をほそめて、静かな声でこたえた。
「人を待っているんです。‥‥このあたりで合流できるはずだったんだけれども、まだ来ていないみたいで」
「そう」
うなずいて、エルディットは少し考えた。それから、神館をさす。
「入って待ちませんか。ここ2、3年、近辺であなたくらいの年の子がさらわれたり消えたりする事件がおこっていてね。よければ一夜の宿くらい提供いたしますよ。少し手伝ってもらわなければならないこともありますが」
「‥‥いいの?」
ふっ、と少年は微笑した。美しいが、冷たい、驕慢と言っていいような笑みだった。この少年は自分の美しさを自覚している、とエルディットは気付く。少年はエルディットをまっすぐ見上げたまま、囁くように言った。
「ぼく、何かするかもしれないよ」
エルディットは微笑を返した。誘っているのか? 彼を?
「あなたが気がすすまないなら、無理にとは申しませんが。でも、もうじき日が暮れます。この時間に街道を歩く旅人はいませんよ。あなたの待ち人がいつ来るにせよ、今日はもう無理でしょう」
少年はあっさりうなずいて、立ち上がった。マントについた砂を払って、頭に帽子をのせる。
「助かります。やっぱり屋根の下で休みたい」
「では、どうぞ。‥‥神の家へ」
そう笑うと、エルディットは少年を扉の内側へ招き入れた。
少年はエルディットを手伝い、訪れた10人ほどの人々に花を渡した。
エルディットは彼らへ聖典の一節を話して聞かせる。天に架かる星に恋をして、天へ飛び上がろうとする獣の話。獣は大地を走り回って脚を鍛え、ふしぎな木の実を口にして考えられないほどの力を得る。天へ駆け登れるほどの脚力を。だが、天へいざ駆け登っていこうとして全力で大地を蹴った瞬間、大地がその力に耐えきれずに崩れ、獣を内側へ呑みこんでしまった。
獣は今でも、崩れ落ちていく大地の内側で、必死に走りつづけている。永遠に。
「求めるだけの欲望は、人を地の底へ引きずり落とすのです」
獣は走りつづけている。
星を求めることは、そんなにあさましいことか?
求めてはならないと言うのなら、神々は、世の中から星をすべて消し去るべきなのだ。
小さな油燭を下げて足元を照らしながら、最後の一人がゆるやかな道の向こうへ消えていく。見送って、エルディットは少年を振り向いた。
少年は、ユフィルと名乗っていた。旅をしている途中だとは言ったが、待ち人のことも、目的地のことも言わなかった。エルディットも聞かない。
二人は神館の中へ戻ると、エルディットは固い黒パンに切り分けたチーズをはさんで夕食をつくった。ワインを酒杯に注いで水で割る。ユフィルと二人で食卓をはさんで座り、油燭の灯りの下で食べはじめようとすると、ユフィルがくすっと笑った。
「食前の祈りはしないんだ。神官なのに」
「しますか? なら、お付き合いしますが」
「ううん」
首をふって、ユフィルはワインを引き寄せ、一口飲んだ。パンを食べはじめる。
それをじっと見ていたが、エルディットも静かに食事をはじめた。二人はほとんど口をきかないまま、夕食を終える。
ユフィルがワインを飲み干しながら、たずねた。
「ここに一人で住んでるの、エルディット? 家族は?」
「伯父がいましたけどね。7年ほど前に、巡礼の旅に出たきりまだ戻らなくて。今は私が神館を受け継いでいます」
「淋しい?」
「そうですねえ」
彼は微笑する。少し、考えてみた。伯父がいたころは、まだ街の館で暮らしていた。今はこうして神館で一人で暮らしているが、それを淋しいと思ったことはなかった。
「‥‥それほど、淋しくはないですね。たまにあなたのようなお客が来ますしね」
「ふうん‥‥」
「もう、眠った方がいい。明日にはあなたの待ち人が来るかもしれない」
うなずいて、ユフィルは立ち上がった。その肩を抱くようにして、エルディットは奥の部屋へ少年をつれていく。厚い樫の扉の向こうへユフィルを入れると、自分も体を押しこみ、後ろ手に閂をおろした。
ユフィルが振り向いたが、あまりあわてた様子はなかった。むしろ、予期していたかのように落ち着き払ってエルディットを見上げている。時おりこういう子がいるのだ。自分の価値をよくわかっていて、相手を支配できると思っている。‥‥エルディットはユフィルとの距離をつめ、背中に腕を回して強く抱きしめた。
ユフィルの体は拒否を見せなかったが、エルディットに積極的に応じてくる気配もない。エルディットは抱きしめたまま寝台へつれていきながら、背中へ回した腕で体をなぞった。ユフィルが小さな息をもらす。そのまま、寝台へ横たえた。
ゆっくりとユフィルの服をあばき、脱がせてゆく。肌はひどく白い。つめたい肌だった。指を這わせると、ぞくぞくとした興奮がエルディットをつつみ、彼はユフィルの腹に顔をうずめた。舌全体を使って肌をなめあげ、唾液をこぼしながらすするような音をたてる。
ユフィルの体がひくりと揺れた。その間もエルディットの両手がユフィルの服を脱がせ、脚の間に手をのばした。少年の性器を手のひらで包んでしごきあげると、それは彼の手の中で硬く立ち上がった。肌をなめながら、性器の先端を親指の腹で執拗に撫でると、ユフィルが細い呻きを洩らした。
「‥‥いやらしい体だ」
低く囁いて、彼は身を起こす。ユフィルの息が早まっている。しなやかな裸体を見下ろして、エルディットはクスッと笑った。寝台の横に置いてある木箱から道具を取り出す。ユフィルの両手を掴んで片手でまとめ、頭上へ縫い止めるように押さえつけると、取り出した手枷を両の手首にはめた。
「エルディット‥‥?」
ユフィルが眉をしかめる。手枷をはめられた手を引こうとしたが、エルディットは両の枷をつなぐ鎖を引いて、寝台の頭側の柱へ鎖の輪を引っかけた。丁度いいところに曲がり釘が打ってある。これで手はほとんど動かせなくなる。
枷は古いもので、もともとは憑かれ者を地下につなぐために使われていたという。ずっしりと重い。それに手首をとらえられたユフィルが、うろたえた声をあげた。
「エルディット──」
「怖がることはないよ」
白いユフィルの顔を見下ろして、エルディットは微笑した。唇をよせ、少年の唇をやわらかく吸う。しばらくなぶっていると、ユフィルの口がかすかに開いた。その内側へ舌をすべりこませ、歯の裏をなぞりながら幾度も角度を変えて深くくちづける。手のひらでユフィルの胸を撫で、乳首をこねるように愛撫するとユフィルが喉の奥で呻いた。指で丁寧に撫で上げる。時おり強くつまんでいると、乳首は固くとがった。それを爪の先でゆっくりと引っ掻く。
「く‥‥ぁん‥‥」
ユフィルの口から声がこぼれた。唇をはなし、エルディットは少年の耳元へ囁く。
「私は、美しいものを愛でる。快楽と引き換えにね」
「‥‥‥」
目を見ひらいたユフィルの耳へ、舌先を這わせた。耳の形に添って丁寧に舌でえぐるように舐め、耳朶を甘く唇ではさんで軽く引く。歯を立てると、ユフィルが小さな息をついた。そのままゆっくりとあごから首元をなぞってゆく。ユフィルが甘い感触に身をゆだねかかる頃合いをみはからって、乳首をつまんだ爪を強く引いた。
「ひぁっ」
ユフィルが声をあげて、身をよじる。枷の鎖がこすれあって重い音をたてた。エルディットは笑って、ユフィルの右の乳首へ顔を伏せ、唇に含む。右手で逆の乳首をいじりながら、固い突起を舌でやんわりとなぶった。ユフィルは甘いあえぎをあげながら、彼の愛撫に敏感に反応した。やわらかに舌腹で押さえつければ胸を上下させて荒い息をつき、強く吸い上げたり指でこねれば断続的な呻き声を漏らす。歯で強いほどに噛むと、短い悲鳴をあげて頭をふった。快楽のにじんだ声をあげる。
「やっ、あああ‥‥ん、あっ」
ゆるく、時に痛むほどに噛んでやる。胸に滴って筋に流れるほど唾液をからめ、執拗に愛撫していると、ユフィルが小さく腰を揺らした。快感が、体のそこかしこに生まれているようだった。エルディットは強く乳首を吸い上げる。
「ああっ」
高い声があがった。エルディットが体をおこすと、ユフィルがもどかしそうな息をこぼす。リボンでまとめられていた金の髪は乱れ、その髪をさらに乱すように彼は首をのけぞらせて喘いだ。
「あぁ‥‥や‥‥ぁあ‥‥」
そろそろ効いてきたか、と、エルディットは微笑しながら手のひらをユフィルの躰へ這わせた。ただふれるだけの感触に、ユフィルが呻いてもだえる。
夕食でユフィルが飲んだワインに、エルディットは媚薬を混ぜていた。ケシとショウズクを中心に彼が調合したものだ。トリカブトも微量にまぜてあり、感覚が鋭敏になって、強い催淫をもたらす。その作用があらわれてきたか、ユフィルの肌は彼の愛撫の下でたちまち荒く息づき、汗ばんで、まるで火を呑んだように熱くなっていく。脚の間にそそりたつ楔の先端には透明な蜜が盛り上がり、茎をつたってこぼれおちていた。
指先で先端のふくらみをなぞると、ユフィルが高い悲鳴をあげ、腰をねじって逃れようとする。笑って、エルディットは強くそれを握りこんだ。
「あっ‥‥やめ‥‥」
「本当に?」
あっさりと、楔を解放して、エルディットは香油の瓶を取り出す。ユフィルが呻いたが、それを無視し、ねっとりとした甘い香りの油をユフィルの胸の上へ垂らした。その感触にさえ、ユフィルはあえぐ。油を手のひらで肌にひろげ、擦りこむように愛撫すると、ひどく乱れた声をあげて腰をゆすった。
「もっとほしいんじゃないのか?」
耳元へささやきながら、首すじにも香油を塗りこむ。汗とまじって薬草と香料の香りが、咲きかけの花のように強く匂い立った。わずかな抵抗を無視して脚をひろげ、注意深く楔をさけて脚の内側にも油と汗に濡れた手を強く這わせ、揉み上げるようにきつい愛撫で肌を擦ると、ユフィルの体がびくりとはねた。
腰を抱くように持ち上げ、体を裏へ返す。手を封じている枷の鎖がねじれて腕がぐいと上に引かれ、ユフィルが悲鳴をあげた。腕が半分吊られたようになる。鎖を指で掴み、体を鎖の方へずらそうとしたが、エルディットがその背中を靴で踏みつけた。
重みで体が下がって腕が斜めにのびきり、肩にはしった衝撃に、ユフィルが喉の奥から叫びをあげた。
「やああっ」
「動くと、痛いぞ。‥‥動くなよ?」
笑いながらエルディットが囁く。わかったか、と足に力をこめると、ユフィルは必死でうなずいた。あまり頭を動かすと肩に痛みがはしるので、わずかしか動けない。そうしておいて足をどけると、ユフィルの背中へ残った靴跡を払って香油を垂らし、背中を丁寧に愛撫しはじめた。
首から背骨へ指を沿わせると、ユフィルが小さく息をこぼす。背骨の脇を強く撫で下ろすと、呻いて体をねじった。その背中をぴしゃりと平手で叩く。
「動くなと言ったはずだ」
「だって‥‥」
「おしおきだな」
手をのばし、ユフィルの手枷を曲がり鉤から外した。ユフィルが一瞬だけほっとしたような息をつくが、たちまち、さらにきつく引きずり上げられる。体が寝台をすべり、腕が真上に引かれて背中が強く反った。
ユフィルをその体勢にしたまま、エルディットは手枷の鎖をもっと上の鉤へ引っかけた。体を無理に反らされて、肘から上が壁に擦れ、ユフィルは悲鳴を喉で殺した。だが、前の痛みを恐れてか、動こうとはしない。歯を噛んで天井を見つめている。汗にほてった気丈な顔を見おろし、エルディットは微笑した。
幅の広い革紐を取り出し、右手に二回ばかり巻きつける。ユフィルの後ろに立つと、左手で紐を握り、両手で勢いよく張って革を鳴らした。水を叩いたような鋭い音が響き、ユフィルが目を見開いて、視線がうつろにさまよう。首を動かすと痛むので、エルディットの姿は彼からほとんど見えない。それが怯えを増幅させているようだった。
「やめっ‥‥」
ユフィルの声に耳も貸さず、革紐を背中へ叩きつけた。肌をするどい音が叩き、ユフィルが甲高い悲鳴をあげてのけぞる。動いたせいで肩と背中がきしみ、さらに悲鳴を上げたが、もう一度革紐が振りおろされると、体の芯まで貫くような痛みに我をわすれて身をよじった。
「やあああっ!」
「かわいそうに。痛むのか?」
クスクス笑って、もう一度叩きおろしたが、今度はユフィルの躰ではなく、寝台のはじを叩いた。その音にユフィルがびくりと身をすくませるのを楽しげに見て、エルディットは革紐を寝台へ落とし、ユフィルの髪へ指をさしいれる。それは汗でたっぷりと湿っていた。
金髪をまとめていたリボンがほどけて髪にからみつき、首すじにだらりと垂れさがっている。それを引き抜くと、ほっそりした首に巻いて指にからめ、後ろに引いた。首がしまり、ユフィルが苦しがって喉をのけぞらせる。背中を限界までそらせて上を向いた口を、深いくちづけでむさぼった。
舌を吸い、唾液を流しこむとユフィルは従順に喉を鳴らして呑む。口のはじからしたたった唾液があごから首すじへもどかしく流れた。エルディットは首のリボンでユフィルの姿勢を封じたまま、腕をのばして枷の鎖を外した。一番下の鉤に戻してやる。
口を放すと、ユフィルがはぁと長い溜息を洩らした。エルディットが彼の体を寝台へ乱暴につき倒すと、放りだされた体をとりつくろうすべもなく、顔を倒してうつ伏せに横たわった。息を求めてあえぐ。背中にはしる赤い痕を指でなぞると、苦痛とも快楽ともつかない呻きを唇から洩らして目をきつくとじる。だが腰をなでると、一瞬腰を浮かせた。快楽を求めるように。
体中に塗られた香油と汗がいりまじって、何とも言えない重苦しく生々しい匂いがあたりにただよいはじめていた。若い雄の匂い。エルディットは興奮を隠さないギラついた目でユフィルの体を見つめながら、指先を内腿へさしいれた。ユフィルがびくりとふるえる。
「あっ‥‥」
その向こうに硬くはりつめた楔は、先端から蜜をしたたらせて濡れていた。エルディットはやわらかく指でなであげて悲鳴のような声を愉しみながら、
「おしおきはそんなによかったか? 次はどうしてほしい?」
「く‥‥、んぁあ‥‥もう、おねがい‥‥」
ユフィルが脚をひらいてもっと強い刺激を求める。腰をくねらせると、自分のものが敷布との間でこすれて呻き声をあげた。エルディットは身をかがめてユフィルの耳を噛む。
「バカだな。動くと、またおしおきだぞ」
「や‥‥っ」
頭をふったが、腰の動きはとまらなかった。催淫の薬で敏感になった体は、どこにふれても全身にひびくような快楽を生む。その快感が腰でふくれあがり、灼けるような熱ばかりがたぎって、少年は忘我の愉楽に溺れていく。エルディットが脚の間から少年のものを手のなかに包むと、やさしい愛撫にいやいやをするように頭をふった。
エルディットは笑って、ユフィルの体を仰向けにする。ユフィルが上気した体をねじって誘うようにあえいだ。いや、実際、誘っている。はじめからこの少年は彼を誘っていた。美しい貌をして、一皮むけば淫蕩な、ただ快楽に溺れるだけの無力な肉体を、エルディットは満足げに見おろした。
「‥‥ねがい‥‥」
膝を曲げ、腰をくねらせて全身でねだる。それを無視して、彼はさっきの革紐を手に取り、少年の細い左足首にそれを結んだ。ぐいと引いて膝をのばすと、逆のはじを寝台の柱へ結びつけた。左足が宙にのびた形でぶらさげられ、腰が浮いて脚の奥までもがあからさまにされる。両手は限界までのびて枷につながれ、それ以上動くことができなかった。ユフィルは、羞恥にか右膝をたてて隠そうとする。
「や‥‥」
「何が嫌、だ。したくてしたくてたまらないくせに」
吐き捨てるように言って、笑い、エルディットは香油を右手に垂らした。指先にそれをからめると、ユフィルの足元へ座って細い右足をつかみ、脚を大きくひろげさせた。右足で体を支えていたユフィルが、浮いた腰を左足一本で吊られる姿勢になって、不安定な腰をゆらがせながら呻く。だが、そそりたつものと、その先端からあふれる蜜が彼の欲望のありかを正直に示していた。
エルディットの指が後ろの蕾をなでると、甘い声を洩らして腰が動く。香油にまみれた指をねじりこんだ。荒々しい愛撫を受け入れた体がするどく反って、鎖の音が激しく鳴る。熱い内側をかきみだされると、これまでよりはるかに淫らな嬌声が少年の唇から次々とほとばしった。
「いやらしいな、お前は。本当にいやらしい。こんなことをされても気持ちがいいなんて」
つぶやきながら、エルディットは指を引き、また奥をえぐる。ユフィルはもう聞こえないようだった。腰をくねらせようとして、吊られた左足がはげしく揺れる。痛みと快楽がないまぜになった苦悶のような声で呻き、えぐられると、高い叫びをあげた。法悦に酔い、苦痛に酔う。全身が汗に濡れていた。
その様子を見つめていたが、エルディットはふいに指を引き抜いた。ユフィルが切なげな声をあげる。
「やっ‥‥、‥‥ねがい‥‥っ」
「いいとも」
エルディットは足元の箱から、黒木の張型を取りだした。ユフィルは腰をゆらしながら、まだねだる声をあげている。張型に香油を垂らし、エルディットはユフィルの尻をつかんで大きくひろげると、淫蕩にひくつく窄まりへそれをねじこんだ。
「ひあぁっ‥‥!」
容赦ない貫きに、ユフィルが悲鳴をあげる。だが、ねじりながら内を擦ると、すぐにあえいで腰をくねらせはじめた。ギリギリまで引き抜いて、じらすように回す。少年は、手の鎖を鳴らしながら身をくねらせ、それを深く呑みこもうとする。奥へ沈めれば獣のような声を洩らして頭をふった。
「あっ、もっと‥‥ああああっ、ああっ」
「もっと?」
浅く抜き、動きをとめて囁くと、夢中で浮いた腰をゆすった。黒い張型を呑みこんでひくつく襞を、エルディットが指先でなぞる。吊られたユフィルの左足の爪先までもがするどく反り返って、途切れる息の下からあえぎまじりの声をこぼした。
「もっと‥‥奥っ‥‥ああっ‥‥」
応えて強く奥をえぐってやる。抜き差しをくりかえすと、張型の胴についた突起に敏感な部分をこすられて、ユフィルは獣のように呻いた。浮いた腰がそり、肌を上気させて狂おしげにもだえる。ほとんど声にならないかすれた叫びの中で誰かの名前のようなものを呼んだ瞬間、体がするどく痙攣して、はりつめた楔から白い精がほとばしった。
張型をゆっくり引き抜くと、なまめかしく黒木にからみつく肉襞の裏が見えた。抜かれた瞬間、ユフィルが細い声をこぼしたが、これまでのように追いつめられた声ではない。荒い息に胸を上下させ、少年はふしぎな微笑を浮かべていた。
エルディットは壁に架けてある細い短剣を手に取って、少年を見下ろす。枷にとらわれた細い両の手首を見較べた。右にしようか。それとも左か。やはり心臓に近い左の手がいいような気がする。
クスッと笑い声があがった。エルディットがひるんだようにユフィルの顔を見る。ユフィルはどこか満足げな表情のまま、右脚を上げ、エルディットの股間へ足先を押し当てた。
エルディットは、まだ神官の黒い上下をキッチリとまとったままだ。細身のズボンの股にユフィルの右足が押し付けられ、くねるように足が動いた。
茫然と自分を見つめる顔へ、ユフィルは低い声で囁いた。
「あなた、勃たないんだ?」
「‥‥‥」
エルディットの顔色が蒼白になる。両目だけがギラギラとユフィルを見つめた。
ユフィルの声に嘲りの色はない。それは単に、乾いていた。
「可哀想に。快楽を教えてあげられるのに。美を愛でる代償に。‥‥ねえ、どうやって思い出した?」
ひややかなその言葉が意識の裏をするどくつらぬき、痛みのような記憶の混乱がもたらされて、エルディットは呻いた。何か──遠い記憶が押し寄せてくるようで、吐き気が体中を襲う。短剣を床に落とし、寝台に腕をついて呻いた。
(──こんなに淫らな体をして──)
(お前は、こうやってつっこまれるのが好きなんだろう?)
自分にのしかかってくる伯父の、情欲にギラついた顔を思いだす。少年だった彼にするどいほどの禁欲を強いたのは、伯父本人が劣情にさいなまれるためだったと後から知った。ある夜、寝室を訪れた伯父は革紐ではなく古い枷を手にしていたが、彼の手に枷をかけたのは、彼を「忌まわしさ」から遠ざけるためではなかった。
(こんなに感じて、腰を振って。こんなに忌まわしい。お前は最低だ──)
あえぎながら目を開けると、欲望に目を血ばしらせた伯父の赤ら顔がすぐそこに見えた。ヒルのような舌に首すじをなぞりあげられて、吐き気がする。今にも嘔吐が喉からつきあがりそうなのに、肌が反応して熱い快感をつたえ、高い声を上げながら、のしかかる肉体へ足をからみつかせては腰をゆすって奥の愉悦を求めた。両腕は頭の上で限界までのばされて、痛みだけをつたえてくる。だがその痛みも、やがては体の反応を強めていくだけなのがわかっていた。ただ忌まわしさに溺れていく。
快楽に獣のような声をあげ、のけぞって腰を振る。焦らされればねだり、命じられるまま淫らな言葉をくちばしる。いつしか壁に顔をおしつけられ、後ろから犯されて、強くつきあげられるたびにすすり泣いた。心の奥底で、見たこともない顔にすがる。知らないはずの、夢にも出たことのない顔は、彼が快楽に酔う時だけ、浮かんでくる顔だった。
──黒髪に、つめたい黒い目の。
(可哀想に‥‥)
(‥‥我らは、美しいものを愛でる)
ユフィルと同じ、ひややかな、絹のような声をもった。現実ではない。だが夢でもない。思い出せない。それなのに、存在を感じる。
──あれは、誰──‥‥
「ユフィル」
扉の方から声がして、エルディットは呆然としたままそちらを見た。閂棒をかけておいた筈だが、それはいつのまにか床に落ち、細く開いた扉の前に黒いマントを肩からまとった長身の青年が立っていた。
その顔を一目見て、エルディットは全身を稲妻が抜けたように痺れて動けなくなる。その目、その顔、その声。知らぬはずの、会ったことのないはずの青年が、そのまま少年時代の幻想から抜け出したように、そこにいる。
青年は彼に一瞥もくれず、寝台に横たわるユフィルを見たまま、ひややかに言った。
「どうします?」
「‥‥片付けるよ」
気怠げに、ユフィルが答えたのを聞いた瞬間、エルディットの腰に押し当てられたユフィルの足がふたたびくねった。異様な快感がそこから生じ、エルディットが呻きを洩らす。熱い湯が血管の中に流しこまれたかのように、いきなり感じた灼熱にうろたえて、彼はユフィルを見た。その瞬間、何もかもが消え去った。
ユフィルの青霧色の目に、深い混沌が満ちている。時もなく光もない、ただどこまでも深いだけの底のない闇。見た瞬間、魅入られたのがわかった。合わせた視線から、闇がエルディットの中へ流れこんで満たす。ぐいと体の奥底の何かを握られたようで、動けなくなる。
その力に、引き寄せられた。あやつられているという感じではなく、ただユフィルへふれたいという強い欲望に支配されるまま、エルディットはユフィルへ体をよせ、ゆっくりと身を重ねる。彼を刺激していたユフィルの足はエルディットの脚の間へ入り、膝頭で股間を強く擦りあげた。体の芯を熱い波が洗うようで、エルディットは呻きながらユフィルへ体をかぶせた。その首すじへ、ユフィルの唇がぴたりと吸いつく。
‥‥数秒、エルディットの顔色はたちまち失せ、たちまち灰色がかった死者の顔へと変化する。体から何かが強く吸いだされていく。エルディットは、唇があてられた場所から生じる異様な官能にあえいだ。全身の感覚が、そこと、ユフィルが愛撫をつづける股間に集まる。快感に頭の芯が灼ききれそうだった。もだえて苦悶の声を洩らし、エルディットはすすり泣く。
強烈な波が背すじを貫いた。するどすぎる快感に声も出ず、体が痙攣して息ができなくなる。強く射精していた。
同時に、首から最後の生命が吸いだされ、エルディットの意識はぷつりと途切れて闇へ落ちていった。