唇をあたたかな感触が這う。熱がしのびいってくる。
感じたことのない異様な感覚が、肌の内をぞくぞくとのぼってきて、息が荒くなった。痛みのようなものが腰の奥に生じる。脚の間に、なにか奇妙なうずきが集まり、熱いたぎりが強くはりつめていくのがわかった。耐えきれないほどの熱さが溜まる。
いきなりそこを、服の上から強く擦られた。腰の内側に強烈な感覚がはじけて、彼は悲鳴をあげた。痛いような熱いような、それが快楽なのだと、慣れない身にはわからない。ただ、はじめて感じる鮮烈な感覚に押し流されそうになる。
手が離れてゆく。うずきだけが、体の奥に残されて、息が苦しいほどの物足りなさをおぼえていた。
もっと、と思う。もっと強く。熱さが腰にはりつめて、どうにもならない。
腰をねじって、呻いた。どうにか熱を散らそうとする。手足は、どうしてか痺れ、まるで動かすことができない。必死で体をうねらせたが、腰を宙につきだすような形になった。服と、その中で硬くなったものがこすれて、半端な感触がはしった。腰の奥にじんとしたものが響く。
「んぁ‥‥っ」
「おや」
静かな声が、耳元でつぶやいた。さっきまで彼の唇をなぞっていた唇は、耳元をかすめて首すじへおちていたが、ふっと息が離れる気配があった。指先が、はりつめた部分をさらっと撫でる。与えられたやわらかな刺激に、また口から声が洩れた。
「は‥‥、なん‥‥」
「苦しいですか」
ふしぎに涼しいひびきのある声だった。かすんでまとまらない意識のどこかで、その声に聞き覚えがあるような気もしたが、もうよくわからなかった。頭をふって、呻く。また耐えきれずに腰を動かすと、熱い刺激がそこに生まれる。
はじめは熱から逃れようと動かした腰は、今では刺激を求める淫猥な動きに変わっていた。ねじって、もっと強い感触を求める。
だが、どんなに動かしても、じれったいほどの刺激しか生まれない。荒い息の下から途切れた声で呻いた。
「‥‥やだ‥‥っ‥‥、ああっ‥‥あ‥‥」
「どうしてほしいのか、言えますか?」
つめたく囁かれた。意味がわからず、彼は頭をふる。
ただもう、どうにかしてほしい。だが、自分が何を求めているのか、よくわからなかった。
股間に熱を覚えたことは、これまでもある。だが、親代わりに彼を育てた伯父は、潔癖な生活を彼に求め、そう言った肉体的な反応を忌み嫌った。13歳くらいからか、彼は伯父に手を縛られて眠りにつくのが習慣になっていた。「忌まわしいことをしないように」と。
これが、その「忌まわしい」ことなのだろうか。腰からゆらぐ痛みと熱は信じられないほどに甘美で、体をひねると、耐えがたいしびれが脚の内側をはしりぬけた。それが消えてゆけば、もどかしさだけが残る。どうにもならない。体が炎であぶられているような気がした。
やっとのことで、訴えた。
「たすけて‥‥っ」
「言えないなら、してみますか」
呟く声がきこえて、つっと指先が彼の右手首をすべった。右腕をつつんでいた重さが消え、腕が動かせるようになる。それでも彼が何もできないままにいると、かすかに笑うような声がきこえた。
「ほら。自分で、何とかできるでしょう」
「‥‥‥」
まさか。信じられない思いのまま、顔がほてって動けない。
また指先が、かすかにその上をなぞった。すぐに離れる。遠ざかった刺激がほしくて耐えきれない。指はふれてこなかった。彼は短い声をこぼすと、右手をのろのろと動かした。熱くたぎった自分のそこへ手をかぶせる。何も考えられなかった。
服の上から強くつかむ。その瞬間、予想だにしていなかた快感がはじけて、呻きながら、夢中で手を動かした。そこは、信じられないほどに硬くはりつめて、布をあからさまに持ち上げている。指でその形をつかんで幾度かしごきあげると、熱い奔流が腰の奥からつきあがってきて、たちまち強烈な愉悦がほとばしった。
「あああっ‥‥」
腰をそらせて、叫ぶようにあえぐ。何かが自分の内側からはじけたようだった。腰から溶けるような愉悦が背中をはしりぬけ、叫び声は泣くように途切れた。息を乱し、ぐったりと体を横たえる。べたべたと腰のあたりが濡れているのに気付いたが、それが何なのか考える余裕もない。息がつげるようになると、やっとのことで大きく呼気を吐きだした。
「んあ‥‥」
「可哀想に。何も知らずに、青いまま。愉しむことも知らない」
つぶやく唇がおりてきて、彼のまぶたへくちづけた。そこから何かが流れこみ、やっと目がひらけるようになる。それまで自分が目をとじていたことにも気付かなかった。
目をあけると、彼を見おろす白い貌があった。まだ若い青年のようだが、ふしぎに老成した、遠い雰囲気がある。かすかに皮肉っぽい笑みを漂わせた唇のせいかもしれない。胸元にかるい襞のある白いシャツをきれいにまとって、服に乱れたところはない。
面長で物静かな顔に、どことなく見覚えがあった。
その声にも。
だが、誰だかわからない。混乱と熱の余韻に声もない彼を見つめて、青年の黒い眸が笑った。ひどくつめたい笑みだった。自分が、さばかれる寸前の兎にでもなったような、ひどく無力な思いにとらわれる。頬におちてくる黒髪をかきあげて、青年は静かな声で言った。
「そう不安がらなくてもいい。‥‥我らは、美しいものを愛でる。快楽を代償にね」
「だれ‥‥」
「名前など、どうせ忘れてしまいますよ」
指先が頬をつたい、首すじへおりてくる。冷たい指だった。その感触に息をこぼす彼を見おろしながら、青年の手は容赦なく彼の服をはぎとってゆく。さらされる肌に繊細な指がすべり、やわらかな感触を与えながら、時おり強くなぞった。胸から腹へ、そこから濡れた内腿へ入りこみ、脱力した脚を大きくひらかせる。その姿勢に激しい羞恥をおぼえたが、とじようとした脚はうごかなかった。一度は自由になった右腕も、上にあげられてまた自由を失っていた。
指先が脚の内側をなぞって、膝へとすべる。ひややかな感触が熱くなった肌をなでると、そこから異様な感覚がひろがった。たしかに指は外からふれているのに、それに応えて、体の内側から獣が舌でなぞりあげているかのようだ。ざらざらと、熱く。肉の内側が愛撫される。
あるかなしかにふれてゆく指に、肌の内ばかりが灼けるように反応する。膝の横からふくらはぎをなぞられて、彼はくぐもった悲鳴をあげた。わきあがる快楽に脚がふるえ、もっと強くふれてほしくなる。肌の内側にひそむ獣は執拗に指を追って、肉の中にふつふつと異形の官能をわきたたせた。
「いやぁっ‥‥あ‥‥やっ‥‥」
「もう、こんなに勃っているのに」
ふっと肌を離れた指が、彼の股間をすべった。強い感覚が肌の内をさいなんで、彼は悲鳴をあげる。股間のものは言葉どおり、強く頭をもたげ、指先でかるくはじかれると全身が熱にしびれた。
「やあああっ!」
かすかにふれただけなのに、さっき自分で与えたよりはるかに強い快楽が体の内側をかけめぐる。悲鳴をあげた時、いきなり熱く濡れたものがそこを包みこんだ。ぬるっと潤んだ感触が敏感なそれを愛撫して、熱く吸い上げる。どうにもならなかった。再び達する。股間から何かがほとばしる甘美な感覚に呻いた。
吸いとられるような、何かが流れ出していくような喪失感が体を抜けていく。だが、それすらも快楽の一部となって、彼はすすり泣く声を漏らしながら、熱い腰を揺らした。
「いやぁ‥‥」
青年が体をあげる。口元が濡れているのを見て、はじめて青年が何をしていたかに気がつき、彼はカッとほてる熱さをおぼえる。彼のあれを──その口で。穢らわしい背徳としか思えない行為をされて、なぜこれほど気持ちいいと感じるのか、まったくわからなかった。ひどい罪悪を犯しているような気がする。だが、そう思えば思うだけ、体は気持ちを裏切るように昂揚して、うねるような快楽に体の芯が溶けるようだった。
あえいで頭をふる彼を、青年が、口元を拭いながら笑うように目を細める。
「素敵ですよ。とても美しいし、とても美味しい。それに、感じやすそうな躰だ‥‥久々に、愉しませてもらえそうですね」
「‥‥‥」
その言葉の他人事のような冷たさに息がつまるようだったが、抵抗のすべはなかった。体は自由にならない。なったとして、自分がこの快楽から逃げ出そうとするかどうか、彼にはわからなかった。
指先が脇腹から胸元へのぼってくる。乳首にふれられた瞬間、ぞわりと肌が泡立つようだった。熱さと冷たさが入り混じった愉悦がするどくはじけて、全身が震える。快楽の針をさしこまれたように。
指先で、軽くひっかくようにこすられた。高い声が喉からほとばしる。得体のしれない魔魅の官能におぼれる躰をとどめようとしたが、もうたまらなかった。ゆっくりふれる指先が乳首をなでるだけで、たぎる快楽がわずかな理性をおしながした。すすり泣きながら頭をふる。
硬くとがった乳首を指がつまんで、強くこすりあげた。彼は悲鳴に似た声をたてる。あえぎはとまらず、息を吸うのもやっとの快楽に身を揉むようにくねらせる。いつのまにか自由にされた脚が強く敷布を這って、ぴんとのびた指先が震えた。
全身が痙攣する。
「あ‥‥あああ‥‥っ」
嵐のような、甘美な感覚が体の内をかき乱す。指が体のあちこちを這った。体中、至るところを愛撫され、応じて体中が内から獣の舌でなめ回されるかのような快感に惑乱した。ふれる指の感触が強さをますと頭をふってもだえ狂い、時おり爪をたてて皮膚を這うだけで、声もなくすすり泣いた。
幾度も、達した。それでも体は熱を失うことなく、そのたびに新しい快美の感覚を得て、ほとんどかすれきったあえぎを洩らし、痛むほどの放出の快感に体をふるわせる。ほとんど苦悶とかわらない。
汗みどろになった肌を、ごくたまに唇が吸った。甘くやわらかな波が肌を這うと、その愉悦にもう悲鳴も出なかった。
全身がどろどろに濡れているような気がする。たちこめる汗と精液の匂いのほかに、なにかの匂いがした。まだ冷たい感触を残す指が腹から腰の横をさすり、腰の奥にじんと響く快感が反応する。重く、ゆっくりと体の奥がゆすられたようだった。
頭がおかしくなりそうだった。もう、なっているのかもしれない。体がどうなってしまったのかわからない。恐ろしいと思うより、このままどこまでも堕ちてゆきたい気持ちの方が強かった。これが、伯父の言う「忌まわしい」ことなら、それでいい。膝をたて、腰をゆすった。
ふっと、笑う気配がする。快楽に酔った視界の焦点をあわせると、青年が彼を見下ろしていた。その口元が赤く濡れているのを見て、彼は息を呑む。青年は、右手につかんだ彼の左手をゆっくりと口元へよせた。
どうしようもない。手も体も、ほとんど自由にならない。血に濡れた唇が左の手首へ吸いつくのを下からただ呆然と見つめた。手首になまあたたかい快感が生まれる。血がゆっくりと流れ出していくのがわかったが、同時に、腕の内側でぞろりとうごめくような快楽があった。思わず呻いてしまう。
彼の手首から血をすすりながら、青年の左手が立てた膝の内側をゆっくりと撫で下ろしていく。あえいで身を揺らす彼をつめたい眸で見下ろして、左手の指が脚のつけねをさぐった。奥の窄まりを指先が撫でる。
「ひぁっ‥‥」
感じたことのない感触に悲鳴をあげたが、彼にかまわず、指はその中へと押し入ってきた。
肌をさぐっていたのと同じ異様な官能が、そこを襲う。獣の舌がじかにそこを啜っているような、ひどく獰猛で熱い快感。指がかすかに動くだけで、内襞のひとつひとつから愉悦がひろがり、奥へと入りこまれればそれが数倍にもなって肉の内側へ響いた。全身の快楽がすべてそこに集中して一度に波を打つようだった。
声もなく喉をそらし、全身を痙攣させて快感に耐える。短い、切れ切れの息が口からこぼれた。
残酷な愛撫をつづけながら、青年は彼の左手をすすっていたが、やがて、うなずいて腕をほうりだした。敷布に投げ出された腕は、かすかな愛撫の痕をとどめているだけで、傷はひとすじも残っていなかった。
彼はもうそれにも気付く余裕がない。奥をさぐられ、なぶられて、体内にわきあがる灼けるような熱さを逃すすべもなく。かすれ声でうめいて、髪をふりみだし、腰をくねらせた。
青年は、自分の愛撫の下で淫蕩にあえぐ少年を見おろした。
つめたい黒の瞳に、ふっと笑みが浮く。冷酷ではないが、優しくもない。
少年は本当に美しかった。薄い色の金髪が顔を飾り、ややまるみのある頬をやわらかに見せている。ひどく食欲のそそられるやわらかさだった。年は17、18と言うところだろう。年相応にしっかりした体をしていたが、骨が細いのか、肩や首に美しい華奢な骨の形を見せている。
夕暮れに、館の門の前で真鍮のガーゴイルを磨いているのを見て、吸い寄せられるように立ちどまっていた。
厳しくしつけられた者に特有の、怯えたような身綺麗さがあった。常に人の顔色をうかがって、その意に添おうといつも身構えている。そのくせ、美しく生まれついたことを自覚しているような、傲慢な媚びが大きく潤んだ目の奥にあった。過剰に装われた純潔の裏に、誘うような淫蕩さが息づいている。
一目見て、惹かれた。美しいものに弱いのが、夜の一族の弱点だ。美を愛で、美を求める。
その体をひらけば、ととのった表情をかなぐりすててどんな淫らな姿をさらすのか──その誘惑に抗せずに、館へしのびこみ、躰と血を求めた。どうせ、そろそろ食事をとらねばならない時期だ。飢えを満たすだけならもっと手っ取り早くすませられるし、すでに「食事」はすませたが、久々にそれ以上の飢えをおぼえていた。こんな衝動をおぼえることは滅多にない。それだけに一瞬ためらったが、耳に少年の切ないほどの喘ぎがとどくと、青年の目の光が強さを増した。
指で強く奥をえぐる。少年の体がたえかねたようにしなった。それほどに溺れていても、いや、溺れているからこそ美しい。全身を淫らに息づかせて快楽に耐え、愉悦を求めて声を放ち、体をゆする。指を抜くと、長い声を洩らして、汗にまみれた顔を左右へ振った。
手をのばし、少年の両腕にふれて、それを自由にした。だが、体が自由になったことにも気付かぬようで、焦点の合わないまなざしをとばし、ふれる者のない腰を揺らしてねだるような声をあげる。
静かに命じた。
「うつ伏せになりなさい」
のろのろと、少年の眸が青年を見上げる。
声に冷酷なものがしのびこんだ。
「早く」
呻きながら、快楽にしぼりつくされたような手足をたよりなく動かし、少年は寝台の上で体を返した。汗にまみれて息づく丸みを眺めおろし、青年は平手で白い双丘を強く叩いた。するどい音がして、少年がかすれた悲鳴を上げた。痛みにではない。それはまぎれもなく快楽の声だった。
「腰を上げて」
言われるまま、すぐに従う。膝を立て、打擲の痕がみるみる赤くなる尻を、できるだけ高く上げた。腕で体重を支えられず、顔はつっぷしたままだ。
「もっと足を開いて」
これも、すぐに従った。膝の間を大きく開き、腰を高くかかげて寝台へつっぷしている。汗みどろで荒い呼吸をつく肢体をしばらく眺めていると、こらえきれなくなったように喘いだ。腰が揺れる。泣いているような声が洩れた。
「‥‥ねが‥‥い‥‥」
ふっと青年が笑った。
「欲しいですか?」
「‥‥しい‥‥っ」
自分が何を欲しがっているのかよくわからないようだったが、少年は訴えた。さっき奥を犯した指を求めているのか。それとも、もっと淫らな予感にふるえているのか。青年は目をほそめた。
「では、お願いして御覧なさい。上手にできたらご褒美をあげますよ」
少年は頭を敷布のひだへすりつけて呻く。どうしたらいいのかわからない。混乱してどうすることもできずにいると、また青年が尻にするどい平手をくわえた。はじけるような音が鳴る。甘い声を口から洩らして、涙をこぼしながら、少年は高く上げた腰を必死にゆすった。
「お願い‥‥っ‥‥、お‥‥ねが‥‥、あぁ‥‥っ」
「ま、いいか」
つぶやいて、青年はベルトの留金を外した。ズボンの内側から自分のものを引き出す。それは、久々に感じる欲望で、たちまちに硬くたけった。
あえぐ少年の腰を後ろからかかえると、熱い息をつきながら、その奥を屹立したもので貫く。どこか甘い悲鳴に耳も貸さず、強く動きはじめた。