しなやかな体のすみずみまでグレンジャの舌にねぶられて、主人は汗みどろで呻いた。細身というわけではないがしっとりと締まった体をきめの細かい肌が覆い、そこをグレンジャの唇が這うと、のびやかな肉体は美しい獣のように乱れた。
表情は半ば苦痛のように歪み、乱れきった髪の上で頭を左右に振る。グレンジャが乳首を含むと一段と高い声を上げた。
「あっ! グレン、ジャ──」
散々責められた乳首はふっくらと色づいて、かたい芯を持ち、ひどく敏感になっていた。舌先で先端をこねまわすと、主人は泣くような呻きをあげてグレンジャの頭を抱いた。
「グレンジャ、服、脱いで‥‥お願いだ、抱いて──」
「黙ってなさい」
ぴしゃりと言うと、一度は黙ったが、すぐに執拗な愛撫に耐えられなくなった主人は熱に浮かされた声でねだりはじめる。グレンジャは自分が脱がせた主人の服の中から絹のスカーフを取り上げ、もう客人のためにまとうこともないだろうその布を主人の口に噛ませて、頭の後ろで結んだ。
主人が目を大きくして、形ばかりの抵抗を見せる。硬い乳首を爪先でひねり上げると、すぐにくぐもった声がこぼれ、喉をそらせた。眉を苦しげに寄せているが、彼の牡は誇らかにそそりたち、グレンジャの与える刺激ひとつひとつに蜜をこぼしている。グレンジャは指先でそれをなでた。
軽い、ふれるかふれないかほどの愛撫。昂ぶらされた体にはほとんど毒となるほどの、物足りない指先に、主人は頭を左右に振った。膝を立ててねだろうとする、その足先が絹のシーツにすべる。布が、小動物の悲鳴のようにキュッと鳴った。
「すっかりお行儀が悪くなられた。前にも増して、淫らになられて」
耳元に囁くと、頬を染めて子供のようにまた頭を振る。グレンジャは微笑した。自分の腰から布帯を取って、主人の肌に痕を残すような飾りがないのをたしかめてから、横倒しにした主人の手首を後ろ手に結んだ。やわらかな布で、だが容赦なく結び上げると、訴えるような濡れたまなざしを無視して主人の体をうつ伏せにさせた。
主人は自ら膝を立て、尻を上げる。背中の後ろで手を結ばれていては苦しかろうに、白い尻を高く上げようとしてまた膝の下の絹を鳴らした。
「誰がそんな格好をしろと言いました?」
グレンジャがたずねると、頬をシーツに押し付けて顔をねじり、何か言いたげにする。だが言葉のかわりに、口にくいこむ布の間から熱っぽい息を吐いた。目が潤んで、グレンジャの一挙一動を追う。
「そんなふうに、尻をあげて」
髪の間に指をさしいれ、ぐいと首をのけぞらせる。決して傷つけないよう注意深く与えられた痛みに主人の体がこわばり、怯えが目に浮かんだ。甘い媚びるようなまなざしで、必死にグレンジャの歓心を買おうとする、無言のその姿がいじらしかった。
「あなたはとても美しいけれど、一皮むけばこんな淫売だ。自分でよくわかっているでしょう? ほら、もっと足をひらいて」
主人は怒りの表情をうかべたが、首を後ろに引いたまま、グレンジャは左手を主人の胸に這わせ、乳首をこねた。周囲の肌からぐっとすぼめ上げるようにきつく寄せると、わずかにできた膨らみの中心で乳首がとがり立った。痛むほどに強くいじってやると、主人は呻きをこぼし、抵抗を捨てて膝をひらいた。
グレンジャは一度で満足せず、二度、三度とさらに足をひらくよう命じた。主人は逆らいながらも結局は従う。
極端に足をひらき、腰をそらせて尻だけを上げた姿は、みじめで、淫らで、美しかった。
「あの男にもこんな格好をして見せたんですか」
意地悪くたずねると、シーツに顔を押し付けて頭を振り、目に涙をうかべた。主人の牡はその下腹部でみごとに反り返って、グレンジャの言葉や、肌を這う指先ひとつひとつに反応している。すでに牡は蜜にまみれ、シーツにしたたりが落ちていた。
「してみせればよかったのに。犬のように這いつくばって尻を振れば、捨てられる前にきっとあと1、2回は抱いてもらえましたよ。今からでも呼んでさしあげましょうか」
また、怒りの目をする──グレンジャは微笑して、主人の背中にそっと爪先をすべらせた。もう片手は執拗に乳首をもてあそび、つまみあげ、指の腹でころがすように愛撫をつづける。主人が眉をよせて快感に呻いた。それでも怒りのまなざしでにらむ主人に、グレンジャは冷たい声で言った。
「ご自分がどんな格好をなさっているか、考えたら如何です?」
髪を離し、ついと指先で背骨をなでおろして、尻の間にすべらせる。すぼみにかるくふれると、主人が身をよじった。やわらかになでるグレンジャの指を求めて腰をあさましく揺らし、口に噛ませた布の下からグレンジャの名を呼ぼうとした。
「はしたないお方だ。少しは我慢なさい」
そう言うと、主人は首をうしろへねじまげてグレンジャを見ながら、子供のように頭を振る。肩をシーツにくいこませ、背中を反らせて腰を上げ、大きくつき出した肩甲骨の間を汗が数滴すべり落ちた。
「私にも色々仕事があるんですよ。一日中、わがままな方の面倒ばかりを見てはいられない」
グレンジャが寝台からおりると、主人は目を大きくしてじっとグレンジャの動きを追っていた。グレンジャは上着のポケットから絹の大きなハンカチをとり出し、帯のように細くたたみ直して主人の目を覆った。視界を封じられた主人の全身がこわばり、怯えに息が早くなる。
五感のひとつを奪われるというのは、かなり重荷のかかることなのだ。特に視覚。何一つ見えない闇に人は自分の恐れをうつし、鋭敏になった他の感覚から数えきれない不安の種を拾い上げる。しかも主人は、腕も、口も、封じられている。
グレンジャは、主人が元の呼吸を取り戻すまでゆっくりと髪をなでていた。安全だと、守られていると教えるように。やがて主人の体から怯えの緊張がほどけると、彼は主人の髪をかき上げ、汗ばむこめかみに口づけた。
「仕事を片づけてきます。いい子で待っていられますね?」
主人が頭をゆすり、グレンジャはわがままをたしなめるように左の耳朶を噛んだ。
「犬だってしつけられれば "待て" くらいできるようになるものですよ。でもお嫌なら、もうおしまいにしましょうか」
そう囁くと耳まで赤くほてらせて、主人は首を振った。主人の体はもう欲情にうっすらと染まって、いつもは真っ白な首すじに血の脈がひくついているのが見えた。
グレンジャは微笑して、汗に湿った髪をなでる。
「いい子にしていれば、ごほうびをさしあげますよ」
首の血管のかたちを、とがらせた舌の先端を使ってなめあげてやると、主人の喉から甘い呻きがこぼれた。
寝台で尻をあげて這ったままの主人から離れ、グレンジャは乱れ籠に無造作に放り込んでおいた主人の服を一枚ずつ丁寧にたたんだ。下着、シャツ、袖なしの胴着、胴着と同じほど体にぴたりとしつらえられた長袖の上着。ズボン、ふくらはぎまである絹の靴下、細い革のベルト。きっともう、これらの服を主人がまとうことはないだろう。
古い恋の残骸を、グレンジャは丁寧にたたむ。その音は寝台に伏している主人の耳にも聞こえている筈だった。
服を左腕にのせ、グレンジャは寝台を出ると扉をしめた。主人に言ったのは嘘ではない。彼には色々と仕事がある。今日の主人の予定をたしかめ、とどいている招待状へ丁寧な断りの返書をしたためた。主人の恋があやういことはすでに噂になっているはずで、今日の断りと不在がその噂を決定的なものにするだろう。
誰にどんな文面で何をつたえるか──さりげない一行に、あるいはほのめかしを入れ、あるいは無邪気に昔の恋をなつかしんでみせる。決して押しつけがましくなく、かすかな香りのようなものを含ませるよう、心を砕いた。
それを召使に持たせてから、女中頭を呼んで、寝室と客間の模様替えの話をする。事態をこころえた女は、思いきり気分をかえるのがいいだろうと、異国の色染め布を売っている商人の話をした。数々の見本をたずさえて、今、王宮にいると言う。すぐに布が手に入るかどうかはわからないが、見本を眺めてあれこれ空想するのも主人の気をまぎらわせるにはよかろうと思って、グレンジャは明日にでもその商人を呼ぶよう決める。
今日はきっと主人は誰とも話す気分ではないだろうと言うと、女中頭は同情的な相づちを打ち、人払いを引き受けた。
それから奥の衣装部屋へ立ち寄り、主人の新しい服をそろえる。もともと派手好みの主人に合わせてあつらえられた、銀糸のつづれ草紋様が斜めに入った淡葉色のシャツに、袖口に派手なカフスのついた赤葡萄酒色の上着。ここのところあまりつけていなかった飾り物も、盆に並べて出す。気まぐれな主人がどれを選ぼうか迷えるように。ガーネットをはめ込んだ銀の鎖、太い金の輪をつなぎ合わせた編み目のような首飾り、黒真珠のチョーカー。
そろえた服と飾りを手にして、グレンジャは主人の寝室へ戻った。寝台に這った主人の裸体はほとんど出ていった時のまま、膝をひろげて背中に手首をいましめられ、尻を上げて、目隠しの顔を寝台へ押しつけていた。
グレンジャの入ってくる音はきこえた筈なのに、主人はほとんど反応を見せなかった。息づかいは荒く、体はまだ汗ばんでいる。グレンジャは無言のまま扉をしめると、主人の服を脇机の上へ丁寧に置き、寝台へ歩み寄った。
美しくそらされた背骨を、首すじから尻までついと指でなでる。主人の喉から悲鳴のようなものがこぼれた。腹の下のシーツが己の牡からしたたったもので汚れている。グレンジャは主人の耳元へ囁いた。
「随分汚しましたね。だらしのないお人だ」
主人の体がこわばって、顔を逆へそむけようとしたが、後ろ手にいましめられていてはうまく動けなかった。グレンジャの指が主人の口を緘していたスカーフをほどき、口元から垂れた唾液の痕を拭った。
待たされている間、主人がこの屈辱的な体勢で何を考えていたかくらい、手に取るようにわかる。自由に動けず、視界を奪われて、グレンジャを呼ぶことも出来ない。怒りと恥辱に体を熱くしながら、これからグレンジャが自分に何をするか、自分がどんなふうに引きずり下ろされていくか、恍惚と妄想していたにちがいなかった。
スカーフを枕元へ放ると、グレンジャは目隠しは残されたままの主人の頬へくちづけた。
「しっかり人払いをしてきましたから、どんなに声を出しても大丈夫ですよ」
小さく、主人がうなずいて、少しためらってから唇をひらいた。喉にほそい声がかすれた。
「グレンジャ‥‥」
「何かしてほしいことがありますか?」
「首。少し痛い」
「ああ、ごめんなさい」
主人の上半身を抱いて起こし、グレンジャは主人の顔の下にやわらかい枕をさしこんだ。肩と顔を枕で支えるように体勢を調整してから、たずねる。
「少しは楽ですか? それとも姿勢を変えましょうか」
はじめの問いに主人はうなずき、次の問いには首を振った。グレンジャは丁寧な手で主人の体をなで、背中で手首をいましめられている腕をやさしくさすった。ずっと縛られたままの腕は少しふるえていたが、グレンジャがなでていると、それもおさまる。
「ずっとこうやって待っていたんですか?」
「お前が‥‥待ってろって」
グレンジャはうなずき、新しく持ってきた香油の壺をあけて指に油をなじませた。目隠しされた主人からはその動きは見えない。
「ええ。ごほうびがほしいですか?」
「ほしい」
主人がそう口にした瞬間、グレンジャの指が後ろのすぼみへねじりこまれ、汗まみれの裸体が不意打ちに大きくはねた。
「あっ! あぅっ──」
深く入れない。傷つけては困る。浅い場所をほぐしながらそろりと出し入れすると、主人が体の力を抜きながら長い息を吐いた。肩と顔を枕に押しつけて腰をゆする。少し深く指がしのびこむと、もうこらえきれなくなったのか、ねだる声を上げた。
「深く‥‥」
一度引いて香油をなじませ、グレンジャは無言で主人の願いをかなえてやる。勿論まだ、すべて主人の思い通りにさせてやるわけにはいかない。主人がグレンジャの下で屈服して己をさらけ出すには、まだ時間がかかる。
誇り高い顔が度を超えた快楽に歪み、どうしようもなくなって涙を流すまで追いつめる。──彼と主人の間の信頼関係をもってしても、それには手間と時間を要した。主人を覆う見えない膜を一枚一枚はぎ取りながら、何もかもを忘れ去って快楽の前に本性を剥き出しにするまで、主人を支え、追いつめ、堕としていく。慎重でありながら、一線を踏みこえる大胆さを要する仕事だった。
奥を乱す指をふやし、甘えた叫びを上げる主人を翻弄する。主人の奥襞はグレンジャの指を締めつけ、さらに深く求めながら、熱い鼓動をつたえてくる。
焦らされ、待たされた体は貪欲で、目を覆われているのもあるだろう、主人はいつもより敏感な反応を見せる。鏡よりは目隠しを好むらしい。鏡にうつる己の狂態に恥じ入りながら乱れる主人も美しかったが、そう言えばたしかに、羞恥というものは主人の本質ではない。むしろ奔放に快楽をむさぼるたちで、そんな体は視界を封じられることで、思うさま狂う。
少しの間後ろをほぐし、指を受け入れることに慣れたと見ると、グレンジャは指先を揺らして主人の弱いところを責めた。待ちかねていた主人は高い声を上げて、グレンジャの指を締めつけながら尻をゆすった。汗の潤む肌が上気し、絹のシーツに耳ざわりな布擦れの音をきしませる。
「あ──、あっ、グレンジャ──ひぅっ」
肩が崩れ、枕にがくりと顔をうずめて、主人の全身がふるえた。尻は高くあげて指を深くくわえこんだまま、弓のように反った体がきつく緊張し、射精の痙攣がグレンジャの指につたわる。主人の声がとぎれると、ほてった体から力が抜けた。
「指だけでいきましたか? もっといいものをさしあげようと思っていたのに、こらえ性のないお人だ」
グレンジャはもう一度指に油をつけ、慎重に主人の奥襞を濡らし、まだひくつく内側をふたたびほぐした。主人の背中の筋肉にそって汗がつたい落ち、寝室には麝香のような重い匂いがたちのぼりはじめる。
絶頂を迎えて今は少し気怠い体を丁寧に扱いながら、もう一度しっかりと膝をひらかせると、グレンジャは張り型を手にした。水牛の角を削って作られた張り型は、さっき湯に浸しておいたので、湯を吸った表面がほどよくやわらかくなっている。それにもしっかりと油をつけ、主人の後孔に押し当てると、ゆっくりと奥まで挿入した。
「ん、あ、あ‥‥」
主人が枕から顔を上げて、必死に息を吸う。達したばかりで、今はまだその余韻を味わっていたい筈だが、主人にグレンジャの手を拒むすべはない。丁寧な、だが無造作な動作で主人の体の奥まで張り型を差し入れると、グレンジャは主人の尻をなでた。汗に濡れた双丘の間に黒い異物をくわえこみ、押し広げられた後孔がそれをしめつけているのは、この上なく扇情的な眺めだった。
「姿勢がくずれてますよ」
そう囁くと、主人は呻き、膝に力をこめて尻を上げ、ぴんと背中の筋肉を反らす。内側のものに刺激されて、彼の牡はふたたび勃ちあがりはじめていた。
グレンジャの左手がシーツにとびちった精液をすくい、横向きに枕へ押し付けられた顔へ近づけ、唇に押しつけると、主人は従順に舌を出して自分の精をなめた。
主人の恋人たちの誰一人、こんな姿を知らないだろう。主人の機嫌を取り、その快楽に奉仕してきた者たちは皆、傲岸で誇り高い主人の本性を知る筈もない。主人が知らせる筈がなかった。恋の相手を、主人はそこまで信頼していない。
グレンジャを信頼しているからこそ、主人は彼に支配を許し、屈辱を受け入れる。グレンジャは主人の信頼にこたえ、主人の意志を剥ぎ取り、思考を剥ぎ取り、彼が常に身にまとう虚飾を剥ぎ取り、ただ快楽を受け入れるだけの存在に主人を屈服させていく。
荒々しい息をつく主人の髪をなでて、体から力が抜けるのを待つ。絶頂の快感を引きずり出された上、後ろを貫くもので満たされて、もうそろそろ何も考えられなくなっているだろう。背中でいましめられた腕が疲労と筋肉の緊張でふるえ、鎖骨をシーツに押し付けた胸が呼吸のたびに大きくゆらいだ。グレンジャは無言のまま主人の膝や腰にふれ、少しだけ膝をとじさせて楽な体勢をととのえてやると、布を手にかけ、香炉の上であたためておいた湯の皿を手にした。
湯に指でふれて慎重に温度をたしかめる。火傷などさせるわけにはいかない。だが、敏感になった体が火のように感じる温度。湯には少しだけ油を垂らして、肌になじみやすくしてあった。
「暴れると火傷しますよ」
そう囁いて、湯を背中に垂らす。グレンジャの言葉にすべての意志が埋没したまま、主人が高い悲鳴をあげた。
「熱い──、あっ!」
グレンジャは容赦せず主人の背中と腕一面に湯を垂らすと、冷えるより前に素早く拭い去った。もとから紅潮していた肌にさらに赤く、蛇の這ったような痕が浮かび上がる。そこに硝子の水差しからつめたい水を注ぐと、主人はまた悲鳴を上げ、肌を刺す冷たさから逃れようとがむしゃらに身をよじった。そこまでの温度ではないが、グレンジャの言葉をそのまま受け入れる体の反応は激しい。
主人の牡は下腹部でそり返り、はりつめて、湯の熱をうつしたグレンジャの指が敏感な先端にふれて握りこむと、主人の喉からは甲高い声がほとばしった。指に自分のそれを押し付けようとして腰をゆする。目隠しのはじから涙がにじんでいた。
牡の根元を指の輪でぐっと締めると、主人の喉がヒュッと鳴った。グレンジャはもう片手で張り型を揺らし、さらに押し込んで、ゆっくりと引く。寝室に響く主人の声はひどく切羽つまった、切なげなものだった。
「ん、あぁ‥‥もう‥‥グレン──」
回すように動かされて、肺の空気をすべて吐き出すような悲鳴を上げる。
「ひぅ、あ──ああああっ!」
「姿勢」
そう囁いてやると、力の入らない体で元の姿勢を保とうともがいた。
「そう、綺麗ですよ」
ほめると、あえぎながらも微笑のようなものをうかべた。だがすぐに張り型を小刻みに動かされ、奥襞をこねるようにされると、高い声とともに体がはねあがるように反り、よじれたシーツに沈む。限界が近い。主人の牡はグレンジャの手の中で硬く、熱かった。
しばらく声を上げさせてから、まだ達しないよう慎重に牡から手を離した。主人は枕に頬を押しつけ、肩をふるわせてすすり泣いていた。目隠しから頬ににじむ涙をグレンジャは舌で舐めとり、首を横にねじらせると主人の唇を吸った。主人はがむしゃらにグレンジャの舌を吸い、口をひらいて彼の熱を求める。呑み込むこともできない唾液が唇からこぼれ、下側になった頬をだらだらと汚した。
唇を離し、グレンジャは主人の目隠しを外した。少しの間まぶしげにまたたいてから、主人は濡れた目で見上げる。グレンジャは息をつめた。主人の目は欲望に灼けつき、己を見失って、ただグレンジャを求め、すがっていた。
「いいですか?」
グレンジャは低い声でたずねる。主人は唇を半開きにして何か言おうとしたが、かすれた息しか出ず、無言でうなずいた。
髪をなでて、グレンジャは主人の後ろへ回ろうとしたが、その時やっと主人がざらついた声を押し出した。
「服‥‥脱いで‥‥」
グレンジャは迷ったが、主人のまなざしは半ば正気を失ったように彼を求め続けていた。うなずいて服に手をかけ、グレンジャは一枚ずつ服を取ってゆく。上着から袖を抜いて丁寧にたたみ、わざとゆっくりと胴着を取り、シャツのボタンを外していく彼を、主人は熱にぎらついた目で見つめ、グレンジャの肌があらわになると、こらえきれないように身悶えた。
グレンジャがといた下帯から、かたく勃起したものがはねあがるようにあらわれ、主人が呻いた。獣の目をしている。グレンジャは手に油を取ると、主人に見せつけながらゆっくりと手で己のものをしごき、油をなじませた。
主人の後ろへ回る。高くかかげられたままの尻は汗に光り、裸身はうっすらと朱に染まって、グレンジャを誘おうとさらに足をひらく主人の姿は淫らで、美しかった。奥の穴はそそりたつ張り型を淫猥にくわえこみ、主人の荒い息に合わせて張り型が揺れた。グレンジャはゆっくりと張り型を主人の体の内側から引き抜く。主人の口から、耳を疑うような淫らな哀願がこぼれおちた。
丹念にほぐした後ろの蕾は赤らんで、ひくついていた。もう一度そこに指を入れ、この上なく慎重に油をなじませてから、グレンジャは寝台にのぼった。主人の腰を後ろからつかみ、己の猛りの先端を主人の後孔に押しあてる。
挿入とともに、グレンジャの肉棒が主人の体を不自然に押し拡げていく。ゆるゆると呑みこまされて、主人は尻をゆすろうとしたが、グレンジャががっちりと腰をかかえこんだ。
熱く、きつい。ひくつく粘膜が待ちかねたようにグレンジャの牡をくわえこむ。グレンジャは歯を噛んで、半ば入ったものを、同じほどゆっくりと主人の体から引き出した。それを許すまいとするように、出ていくものを主人の体がしめつける。
主人は切れ目のない喘ぎ声を上げていた。顔を枕に押しつけ、頭を振って、乱れた髪の下でかすれた叫びを上げる。もう一度グレンジャが貫いていくと、狂おしげに呻いた。
「ああああっ‥‥!」
主人の体の内は信じがたいほどに熱かった。その熱さがグレンジャを呑みこんでいきそうになる。ギリギリのところでこらえながら、グレンジャは傷つけないよう細心の注意を払い、己の怒張のすべてを淫蕩な体へ沈める。グレンジャのものがぎっちりと満ちたのを感じたのだろう、主人がほとばしるような声を立てた。
「あ、あああっ──」
グレンジャも荒い息をつきながら、全身で呼吸しようとする主人の背中をなでた。優しい指先ひとつにすら主人は甘く切羽つまった声を上げ、グレンジャのものをくわえこんだ尻を淫らな動きで揺すり上げた。
主人の体がなじんだのを見はからって、グレンジャは腰を引いた。強く突き上げると、主人の全身がはね上がるように痙攣した。情欲と歓喜に呑みこまれた狂おしい叫びを上げ、主人の体はグレンジャの牡を奥へ奥へと熱くくわえこもうとする。主人の喜悦がグレンジャをも呑みこみ、彼は抑制を失って、美しくしなる体を容赦なく貫き、突き上げ、嵐のような快感の奔流に己をゆだねた。
ただ熱く互いを呑みこもうとする二つの体だけがそこにあった。世界が焼き尽くされる。
主人が屈服した声を上げ、体を痙攣が抜けた。ぐっと締めつける内襞の反応に主人が達したことを悟り、絶頂にふるえる体から、グレンジャは己のものを引き抜いた。まるで世界がいきなり二つに引き剥がされたようで、陶酔に浸っていた意識があらがう。一瞬、めまいのような混乱が抜けていった。熱い体の中にもう一度沈みこみたい。目の前で崩れ伏した汗みどろの体を見つめ、グレンジャは歯を噛むと、自分の手で己をしごいて猛る欲望を手の中にとき放った。
腰が砕けそうな快感がはじけ、グレンジャは思わず呻いた。主人の中で達したら一体どんな気持ちなのだろう──いつもの思いがよぎる。あの熱く彼をくわえこむ、とろけた体の奥に自分の熱を叩きつけたら、一体どんな快感が得られるのだろう。
荒い息をととのえ、グレンジャは寝台からおりると、拭った手を水で清めた。下帯をつけ、布を手に寝台へ戻ると、彼は主人の背中で結んだ手首をほどき、物も言えずにただ息を乱している主人を抱きしめた。
「ん‥‥」
何か言おうとして、主人は涙と唾液に汚れた顔でグレンジャを見上げ、微笑した。グレンジャはその額にくちづけをおとし、ゆっくりとその顔を拭って、汗まみれの体まで清めていく。
「‥‥中に、出していいのに」
かすれた声で、主人はつぶやく。その手首に残った赤い痕をなでさすり、こわばった腕をもみほぐしてやりながら、グレンジャは囁いた。
「次の恋人にそう言ってねだってさしあげなさい」
「‥‥お前は」
主人が物憂げに、涙で腫れた瞼を上げて、グレンジャを見つめた。そのまなざしがどれほどグレンジャの心臓をとめそうになるか、主人は知るまい。知らせるわけにはいかなかった。
「私の恋が、どうしていつも破れるか、わかるか?」
「いいえ」
主人の瞳をまっすぐ見つめて、グレンジャは嘘をつく。彼らのどちらもその嘘を知っていた。そして、その嘘を貫き通していかなければならないことも。
この街では、恋すらもその人間を彩る衣裳のひとつだ。名家に生まれつきその美しさで名を知られた主人の恋は、いつでも社交界の華であり、それは主人自身のなぐさみであると同時に、主人がこの街で生き抜くための武器でもあった。恋をひけらかしながら、主人はたくらみに入り組んだ人々の間をくぐりぬけていく。
主人の恋は、つねに華麗でなければならなかった。主人を装う衣裳のように。そして、それをととのえるのが、従僕であるグレンジャのつとめだった。
頬を歪めるようにして、主人は微笑した。グレンジャへ腕をのばす。
「ここに、いてくれ‥‥」
「お望みなら」
しかしその前にと、手早くシーツを替えてから、グレンジャは真新しい絹の上に横たわる主人に体を寄せ、まだ快楽のほてりが残る体を抱きしめた。主人はグレンジャにすがりつき、裸の足をからめ、彼の肩口に顔を伏せてつぶやく。
「私のそばにいてくれ」
「おりますよ。私の主人はあなただけです」
肩に息がかかる。主人は笑ったようだった。快楽を思うさまむさぼって気怠い体はやわらかく、グレンジャの体にぴたりと重なる。二つの獣が身を寄せあうようにしながら、グレンジャは肌ざわりのやさしい柔毛の毛布を主人の肩までひっぱりあげた。
目をとじて、すべてをグレンジャに預けきったまま、主人がまたつぶやく。
「もし私が、家を捨てたら?」
「何も変わりませんよ。あなたが主人です。私は、ほかのどなたにも仕えはいたしません」
笑うような溜息をついて、主人はグレンジャの首すじに唇をあてた。
「グレンジャ。可愛い、私のしもべ」
甘える声がグレンジャの肌をふるわせる。グレンジャは無言のまま主人の背中をなでさすった。主人の体からも心からも前の恋が洗い流されたことを感じ、自分の仕事ぶりに満足していたが、こんなふうに虚飾を剥ぎ取られないと甘えた声ひとつ出せない主人が不憫でもあった。
腕の中で主人の体が重くなる。眠りに落ちた体をやさしく抱きかかえ、その体のぬくもりで己の肌をあたためながら、グレンジャは主人の額にそっとくちづけた。汗の匂いと、濃い、牡の欲望の匂い。それは一瞬前までの、生々しい主人の姿の残像のようなものだった。
主人の香りを、グレンジャは時間をかけてゆっくりと吸いこむ。美しい体を抱きしめ、目をとじて、囁いた。
「あなただけですよ」
何があろうと、永遠に。ただ一人だけの、愛しい主人。
END