寒さよけだろう、ジノンの寝台は分厚い布を天蓋がわりに吊ったもので囲われている。布の一端がからげて紐でくくられ、その隙間から寝台に入るようになっていた。そこへイーツェンを座らせると、ヴォルは壺ごとあたためた蜜酒をどこからか持ってきた。
とうに厨房の火など落ちているはずだから、あらかじめ、暖炉の前などに置かれていたものだろう。礼を呟いて、イーツェンは陶杯を受け取ろうと手をのばすが、指先がこまかく揺れていた。今になって全身がガタガタ震えだしている。恐怖からか、寒さからか。震えをとめようと力をこめても、しびれたような体はどうにもイーツェンの言うことをきかなかった。
ヴォルは脇机を寝台のそばに寄せ、イーツェンの手の届くところに壺と陶杯を置いた。イーツェンをじっと見おろす。
「大丈夫ですか」
「‥‥‥」
イーツェンは無言でうなずいた。それから気力を振りしぼって微笑をうかべる。
「ありがとう。助けてくれたんだろう」
「なんなりと」
頭をかるく下げ、ほかに用がないかどうかたしかめてから、ヴォルはイーツェンだけを残して部屋を出ていった。
ジノンの寝室は、イーツェンにあてがわれた寝室とほとんどかわらないつくりだった。あまりこの家にいないからだろう、ジノンの気配を感じさせるものはない。部屋の床にはイーツェンの部屋と同じ小炉が据えられ、泥炭が燃えている。ついさっき新たにかきたてられたのか、赤い焔の色が全体を覆って、熱気があふれてきていた。
イーツェンはしばらく拳を握ったりひらいたりしていたが、やがて、右手を陶杯へのばした。まだ少しふるえている、その手首を左手で注意深くつかんでひきよせ、少しさめた蜜酒をこぼさずに飲む。途端、喉を刺されたような刺激にむせた。
喉が痛い。ルディスにしめられた時とちがって皮膚がひりつかないのは、腕でしめられたからだろうか。だが喉の内側がささくれたようになって、蜜酒をうまく呑みこめなかった。
──あれは誰だったのだろう。
首すじにふれ、イーツェンは吐息をつく。イーツェンがその存在に気付かなければ、誰であれ、相手はあのまま闇にひそんで彼が去るのを待っただろうか。書斎の扉をあけてからの一挙一動を見られていたのかと思うと、体の中がぞわりとして身をちぢめた。
ふいに扉が開いた。はっと身構えたイーツェンの前でジノンが扉をしめ、寒さを振り払うように肩をすくめてから、イーツェンへ向き直った。
首をかしげる。
「さて」
その目にあるのは何だろう。にこやかなだけの主人の顔ではなかったが、ジノンにはイーツェンを責めようという様子もない。だが、そのとらえどころのない佇まいこそジノンの武器なのだと、イーツェンは悟っていた。
イーツェンは蜜酒の壺をさす。
「飲みますか?」
「ああ、いいね」
うなずいたまま、火のそばでじっとイーツェンを見ている。寝台の頭側の壁龕に油燭が置かれ、その灯りがジノンの顔に揺れてやや神経質な影をつけていた。
ヴォルがならべていった空杯を表に返し、イーツェンは用心深く壺を傾ける。酒の入った杯を、ジノンが礼を言って受け取った。
イーツェンはふっと息をついて、たずねる。
「いつお戻りに? それとも、はじめから出かけてらっしゃらなかったんですか」
「センドリスを村の宿へ送って、日暮れの後に戻ってきた」
ヴォルはそんなことを一言も言っていなかったし、家中の誰もがジノンを不在のものとして扱っていた。
「罠を仕掛けたんですね」
「誰に?」
その口調はかるいが、眼光はするどい。イーツェンは喉のかわきを覚えて酒を一口含み、首を振った。
「わかりません。でも‥‥何故、書斎の仕掛けを私に見せたんです」
「さて、な」
ジノンの口元にあるうすい微笑を見つめて、イーツェンは全身をひきずりこむような疲れを感じた。あそこで彼と相手がかちあったのはジノンにとっても予測の外だっただろうが、イーツェンも相手もジノンの罠にかかったことだけは確かだった。
さらけ出されたのは、イーツェンの背信だ。
強くなじられても何も言えない自分を、イーツェンは知っている。言い訳のしようもない。だが、完全にイーツェンの裏切りを予期していたようなジノンの落ちつき払った態度に、心の奥で鬱屈した炎がうごめくのを感じた。
己を恥じてちぢみあがる心の片側で、目の前の男を憎みそうになる。イーツェンはゆっくりと息を吸った。自分自身をまっすぐ見据える勇気がないからと言って、その怒りを他人に向けるのはまちがっている。
「‥‥あれは誰なんですか?」
「ああ、隠密だよ。冬のために雇い入れた使役人の中にまじっていたようだ。多分、アンティロサ──オゼルクたちの母親が潜りこませたものだろう。彼女は私をしりぞけ、ローギスをしりぞけ、オゼルクを王位につけたがっている」
あっさりと言いながらジノンは酒を干し、呆然としているイーツェンをよそにもう一杯注ぎ足して、ニヤリとしてみせた。
「何かね?」
「ローギス殿も、その方の御子でしょう──」
母親について話したオゼルクのひややかな口調を思い出して、イーツェンは混乱する。ローギスとオゼルクは実の兄弟であって、父も母も同じ筈だ。二人ともに自分の息子である、その兄をしりぞけて弟を王位に近づけようという母親の気持ちがわからない。
「うん、そうだ。口さがない者はあれこれ言うが、あの女の持つ悪徳の中に不貞はないな」
そう言いながらジノンは自分で壺から蜜酒を注ぎ、もう一口飲んでくもる息を吐くと、椅子に腰をかけてブーツを脱ぎはじめた。
「オゼルクから聞かされてないか? 母親とローギスの仲は悪い。冷えきっている。生まれてすぐのローギスを陛下が母親から引き離し、乳母の手で育てさせながら、城の教育を施そうとした。そのことを、母としてまだうらみに思っているのだろう。オゼルクを生んだ時には自分の兄弟たちの兵で部屋をかこませ、赤子に指一本ふれさせまいとしていたよ。──第二子をつれ去るつもりは誰にもなかったらしいがな」
少しばかり皮肉っぽくつけくわえ、上衣のボタンを外していくと、襟元に入れているやわらかな織りの亜麻布を引き出した。
「ですが、それでローギス殿をしりぞけようとするのは、筋ちがいというものでは‥‥」
「もちろんそれだけではないが、それがはじまりだった。彼女があからさまにオゼルクだけを可愛がったもので、一時期、どちらにつくかで城も割れたのだ。争いもおこった。当の二人は右と左くらいしかわからぬ子供だったがな」
手早く胴衣から頭を抜いてたたみ、シャツといっしょに籠へ放りこむと、イーツェンへ寝台の奥へ行くよう手で示した。イーツェンは少しあわてて靴を脱ぎ、寝台にあがりこむ。
ジノンはその間に靴下留めと靴下を外し、ズボンを取って、下着姿で毛布の中へすべりこんだ。敷布の上に座りこんだままのイーツェンへちらっと笑う。
「一晩中座っているか? ──心配ない、私は人と寝ることにあまり興味が無い。だが私と寝たとオゼルクに思わせておいた方が、君にも何かと都合がいいんじゃないか? みやげ話はあった方がいいだろう」
「‥‥‥」
胸の奥で、またよどむものが動く。それはジノンへの怒りだろうか。言葉尻にいちいち心がささくれだつ自分に、イーツェンは溜息をついた。子供じゃあるまいし。
羽織っていた上着をこわばった動きで脱いで、冷えきった体を毛布の下へ横たえた。喉をまだ誰かがおさえているような圧迫感があるが、酒を飲んだ喉から胃までのひとすじだけが、奇妙にあたたかい。
ジノンは顔だけをイーツェンの方へ斜めに倒し、低い声で言った。
「手持ちの札はふやしておけ、イーツェン。そう正直になろうとしないことだ。城で身を守りたければ、嘘を使うことを覚えろ。嘘は悪徳ではない、武器だ」
「‥‥‥」
「君にとっては、下品な考え方か?」
やんわりと言われて、イーツェンは頬に羞恥のいろがのぼるのを感じた。その程度のことを今さら恥じてどうなる、と揶揄されたような気がする。何も言えなかった。
「ローギスが17の時、オゼルクは12だった」
ふいにジノンが口調をあらためる。イーツェンは天井を見ていたまなざしを揺らした。
「あれらの母アンティロサは、そのころからローギスを廃嫡してオゼルクを王位継承者にしようと画策していてな。その動きがついに腹に据えかねたのだろう、ローギスは母とオゼルクがすごしていた夏の屋敷を訪れると、オゼルクを庭につれだし、弟の頭を池の中へおさえつけた。母親の目の前で。そして、もう何もしないと母親が誓うまで、弟を水から引き上げようとしなかった」
イーツェンの体がぞくりとふるえた。ジノンは乾いた声でつけくわえる。
「それからずっと、ローギスとオゼルクは仲がいい。‥‥少しばかり奇妙なことだ、な」
「‥‥‥」
イーツェンは右肩を下にして身をねじり、ジノンへ向いた。これまで見たローギスとオゼルクの様子、二人のやり取りが、頭の中で明滅しながらバラバラによぎっていく。その中から、オゼルクのひややかな声が耳元に浮き上がった。
(兄は私のものを奪えるだけ奪う。‥‥そして私は、彼が目に留めたものを差し出してやる。何でもな──)
人と人がそんなふうに冷たい関係を維持し続ける、それがどういうことなのかイーツェンにはよくわからない。オゼルクは、兄に対しては至って慇懃で、揶揄するようにふるまうことが多かった。たしかにそこに愛情は見えなかったが、憎しみやうらみだけでつながっているようにも見えない。
ジノンがイーツェンへ向いて、低い頬杖をついた。広い寝台ではないし、一枚の毛布の下に横たわる二人の位置は近い。ぼんやりとジノンの体温がつたわってきて、イーツェンは奇妙な気分になった。彼とこれほど近くにいたことなどなかったが、距離が近づいても、変わらず遠くにいるような相手だった。
ジノンはさぐるようにイーツェンを見ていたが、ゆっくりと口をひらいた。
「オゼルクがはじめに君に関わったのも、ローギスの差し金ではないかと思う」
イーツェンは言葉が出ないまま、数度まばたきする。言葉の意味がしみいってくるにつれ、首すじがひやりと凍った。オゼルクの陵辱には、彼らなりの理由があったとでも言うのだろうか。
問い返そうとする声はかすれていた。
「何故です‥‥?」
「私の推測だがな。君をリグへ戻すためだと思う」
「リグへ? 何で──」
「はじめのうち、君を城へ呼ぶのではなく、リグの姫をユクィルスの王族の誰かに嫁がせるという話がすすめられていただろう?」
リグの姫。彼の妹、メイキリスのことだ。肖像画の動かない顔ではなく、生き生きとした彼女の笑顔が心をあざやかによぎる。イーツェンは自分の口調がけわしくなるのを感じた。
「それが何の関係があるんです。ユクィルスの使者は、彼女ではなく私を客人として城へ滞在させることに同意したでしょう。私に、人質としての価値を見たから」
「リグの第三王子は王の秘蔵っ子だと聞いていたからな。客人に迎えるに充分だと判断したのだろう」
何気なく相槌を打って、ジノンは目をほそめた。左手の頬杖の、人さし指だけをのばしているので、左目尻が押されて少しいびつな形になっている。青い目は今はほとんど闇色に沈み、変わらぬ冷徹な眼光だけがイーツェンをまっすぐ見ていた。
「その時、彼女の結婚相手として、ローギスが誰を考えていたと思う?」
「知りませんよ。まさかオゼルクだとでも言うつもりですか? リグは、婚姻によって彼らが手に入れたがるほど豊かな国ではない」
吐き捨てるように言ったイーツェンへ、ジノンは少し睫毛を動かして笑うと、首を振った。
「君の判断は正しい。彼らにもそんなつもりはない。彼らが考えていたのは、私だよ」
「‥‥あなたは、結婚するのに城の許可がいるのでは?」
ユクィルスを建国した者たちは、かつて、強大な力を持つ呪師が支配する国からのがれてきた人々だ。呪術の力を持つ巫女もともにこの地へ渡ってきたと云う。呪師への根深い恐れから、ユクィルスは呪術を忌み嫌って征服した地の呪師を根絶やしにしたが、巫女のうらみを恐れて、彼女の血だけは絶やさず残した。ただ血を継ぐためだけに、血を残しつづけた。
ジノンの母は、その巫女の血を引いているという。母を通じて巫女の血を継ぐジノンには、婚姻の自由も子を為す自由もない。城がゆるさなければ、そのどちらも出来ない。ジノンはイーツェンに、かつてそう話した。
ジノンは頬杖全体を揺らして、怠惰にうなずいた。
「まあ、ローギスがその気になれば議会に私の婚姻をはかるくらい簡単だ。彼はまじめにそのことを考えていたふしがあってね」
「でも──何のために──」
「リグには、いまだ呪術が残っているという噂がある。私とリグの姫とをめあわせようとした理由の一つはそれだ。呪師の血をまぜ、呪術を手に入れること。ローギスは、力に興味があるようだな」
「リグの血にそんな力はありませんよ!」
「実際にあるかないかはさして問題ではないんだよ、こういうことは。当人の頭の中の問題だ。そして、意図が外れても、邪魔な私をリグにやって遠ざけることができるかもしれんしな。こちらの方が、より強い目的だったかもな」
「‥‥‥」
あまりの身勝手さにイーツェンが言葉を失っていると、ジノンがくすっと笑った。
「目つきだけで私を殺すか?」
「‥‥失礼しました」
目を伏せるが、喉元にせりあがる熱塊をなかなか飲み下せない。にがいものが胃の腑を満たしていた。鼓動が乱れ、怒りに理性がくらみそうになるのを必死に押さえつける。そんなことのために。彼らはイーツェンに何をした?
「だから彼らはメイキリスを城に呼ぼうとしたと? だから──オゼルクは、私がリグへ逃げ帰るよう仕向けようとした、そういうことですか」
「可能性の問題だがな。私は、そうだったのだと思う。オゼルクはたしかに鋭いところのある性格だが、元来、人質に対してつらくあたるたちではない。君に対する態度はおかしい」
今度こそ呆然として、イーツェンは口をひらいたまま凍りついた。二の句が継げない。ジノンが眉をひそめた。
「どうした?」
「‥‥いえ──ですが──その‥‥、前にあの塔にいた方が、塔から身を投げたという話を、うかがいましたが‥‥」
言葉がもつれ、後半は力なくかすれて、舌が唾液に粘る。それ以上つづけることができなかった。
ジノンは相変わらずけげんそうに、
「ああ、それは聞いている。たしかサリアドナの王子だったな。彼がユクィルスにいるうちに故国で反乱がおこって、サリアドナの古い王族たちは完全に力を失った。ユクィルスの方でも少々、彼を持てあましていたが、あの時オゼルクは、彼が国に戻れるよう王にかけあっていたよ。私の記憶では、かなり切迫した様子だった」
思い出すように目をほそめて、言葉をととのえながら続けた。
「サリアドナの新しい議会にも、古い王族の命を保証してその身柄を保護するようにと要請を出したりしていたな。結局サリアドナはフェイギアと名を変え、オゼルクの申し入れも拒否して、国でとらえていた王族を処刑したがね。その一件で、彼は完全に行き場を失って、ユクィルスに保護されることになったと──そう、聞いている。オゼルクの努力は実を結ばなかった。塔の彼が身を投じたのは、その後だ」
心臓が凍りついたようだった。何か得体のしれないことを聞いた気がしたが、頭がうまくまとまらない。イーツェンは毛布の下の手で敷布を握りしめた。
「オゼルクが‥‥?」
「彼を、助けようとしていた。うまくいかなかったがね」
「助け──」
それ以上こらえられなかった。イーツェンは敷布に後頭部を沈め、力のない笑いを途切れ途切れにこぼす。体の内側で何かがねじれて、ただ笑うしかない。ジノンの奇異の目を気にする余裕などなかった。
何が本当で、何がちがっているのだろう。ジノンの立つ位置から見た物事、レンギの位置からの物事、シゼの、そしてイーツェンの──そして、オゼルクの。
何かが歪んでいる。そこにひどく暗いものが横たわっている気がしたが、いくら目を凝らそうとしてもイーツェンには何も見えない。闇にしか見えなかった。
いびつな笑いが次から次へとこみあげた。可笑しいわけではないくせに、発作的な笑い声をなかなかおさめることができなかった。疲労した体と神経が完全に均衡を失っている。
自分ではどうにもならなかったが、咳が出て、笑いはとまった。その間にジノンは体をうつ伏せに返し、拳の背にあごをのせたままイーツェンをじっと見ていた。小さな咳を力なくくりかえすイーツェンへ、低くたずねる。
「蜜酒を飲むか?」
「‥‥‥」
頭を振って、イーツェンはこわばった頬に微笑をうかべようとした。一瞬前まで笑っていたというのに、どうしてか笑うことはひどく難しかった。
「一つ、聞いてもいいですか、ジノン」
「何だ」
「どうして私にオゼルクのことを教えてくれるんです。私に何をさせたいんです?」
「知りたいだろうと思ってな。自分が何に巻き込まれているのか、わからないままでは気分が悪いだろう」
おっとりとした口調でそう言いながら、また読めない顔をする。イーツェンはくたびれた頭を振って、寝台をつつむ布の暗い影を見つめた。
声をごく低く抑える。
「あなたは彼らをどう思っているんです。‥‥ローギスが王になることを、どう思っているんです、ジノン」
「私がどう思うかは関わりがない。天がそうさだめるなら、ローギスは王になる」
ジノンの声にはうっすらとした笑みがあった。
「ローギスはいい王になるだろう。──我らが乱世の小国であったなら、な。あれは物を真っ向からねじふせる猛々しさを持った男だ。天はあれにそういう才を与えた」
その声の薄皮一枚下にあるものは、決してあたたかくはない。それ以上この話を押すのは危険だとイーツェンにもわかった。あいまいにうなずき、イーツェンは毛布の下で体を小さく丸めた。
気分が悪い。腹の底に冷えた塊がうずくまっていて、体の熱をすべて奪っていくようだった。
起き上がったジノンが手をのばし、油燭の油を止めるねじを回すと、ふたたび身を横たえた。話はすべて終わったのか、目をとじてあっさりと眠りにおちる。すぐ横に人の寝息をききながら、イーツェンは長い間、闇を見つめていた。
ふれんばかりの場所にジノンがいるのに、人のぬくもりはたしかにそこにあるのに、その温度はイーツェンをあたためない。こごえた指先までもがうっすらと痺れたまま、息苦しい夜ばかりがゆっくりと深みを増した。
眠れない。だがきっと眠りの中で彼を待ち受ける悪夢よりも、ただ長いだけの夜の方が、はるかに優しい。