人を易々と斬り伏せる力のこもった刃が火花を散らして打ち合うたび、人々から歓声と手拍子が上がる。金属の打ち鳴らされる音に、イーツェンは心臓が喉までせりあがりそうだった。
相手の斬撃がシゼの正面から打ちおろされる。素早い身ごなしでくぐりぬけたシゼが横なぎに払った剣は見事に受けとめられ、二人は額に汗を光らせながら位置を入れ替えて、ふたたび激しく打ち合った。その剣の動きは、シゼらしくもなく派手で大きい。
──見せ物なのだ、これは。
イーツェンは二人が剣を交わしはじめてすぐにそれに気付いたが、それでも、剣を振りおろす力と空気を裂く音の迫力は凄まじかった。金属のはじけるような音に、体全体をゆさぶられる。この威力では羽引きの剣であっても体に当たれば骨が折れるだろう。ましてや、二人が交わしている刃は鋭く研ぎ澄まされ、かすめただけで肌が裂けそうだった。
(余興だ、笑え)
オゼルクがそう言ったからには、まさに宴の余興にちがいない。笑いさざめいて楽しんでいる周囲の顔を見てもわかる。だがシゼも相手の剣士も、ふるう剣に満腔の力を込めているように見えた。
荒々しい息が耳にとどく。噛み合った剣が鉄のきしる音をたて、刃が流れてシゼの右肩が前へ崩れた。相手の剣が下から回って、するりと剣尖がはねあがった。シゼの喉へ銀光がのびる。シゼが剣の柄でそれを打ち払い、とびのいた。
イーツェンは喉に息をつめ、唇を結んだまま、表情をできるかぎり動かさないよう努めた。笑うことはできなくとも、せめて己の外面をとりつくろっておきたかった。シゼの名を呼びそうになる口を、歯を噛むように閉ざす。たとえどれほど見透かされているにしても、イーツェンがどれほど怯えているか、オゼルクにわざわざ知らせたくはない。
全身に力をこめて身を引き絞るように立ち、まっすぐに二人の戦いを見つめた。二人ともに汗に濡れた肌を炎の色に光らせ、闘気の満ちた目で互いを見据えている。戦いの緊張をはらんだ空気が重さを増し、イーツェンは、目をそらすことはおろか指一本動かすこともできなかった。ただ二本の剣の動きを追う。
シゼの剣の描く軌跡はより直線的で、相手の剣士の剣はもっと大振りで曲線的な動きをしていたが、どちらも動きは力強く隙がない。派手な大きな斬撃を繰り出す剣士の方が優勢になるたび、周囲の人々が興奮した歓声を上げ、イーツェンの耳を聾した。わかりやすい見せ物を、わかりやすく盛り上げている。
左上腕めがけて斜めに振りおろされた剣をかわしざま、シゼは上から剣を払った。金属がこすれ合う甲高いきしみが散って、イーツェンはその刹那、相手のふところにはっきりと空隙が開いたのを見た。
(そこだ!)
一瞬、声に出して叫びそうになる。肩に力が入り、思わず身をのりだして握った手のひらが汗で濡れた。リッシュとシゼの訓練場での対戦でよく見た。シゼが右腕をたたんで深く踏み込み、相手の脇へ存分な一撃を送りながら横を駆け抜けていくのを──
だが、何もおこらなかった。シゼはゆっくりした動きで構えを取りながら、相手が体勢を取りつくろうのを待ち、はっきりと見えたはずの隙を見のがしていた。そのまま二人は、また元の派手な動きに戻る。
鉄の鳴る音を聞きながら、イーツェンは奥歯を噛んで胸の奥にくすぶる怒りを押し殺した。見せ物なのだと、また思う。シゼはそのことをよくわかって、自分の役を演じている──少なくとも、他人が期待するものを見せているのだった。
(ならば──)
イーツェンはシゼと戦う相手を見る。色の薄い栗色の髪も頬骨の高い顔立ちも、生粋のユクィルスの民の顔だ。高襟のふちに紋章のような縫い取りがあり、主人持ちだと知れる。革の胸当は湯の熱を使って丁寧に形作られ、胸の中央に金の飾り鋲が打たれていた。派手ではないが、しっかりした身なりの剣士だった。
剣尖がかすめ、シゼの左上腕の服がざっくりと裂けた。どよめきがあたりを渡る。剣士が荒い気合いの声を上げて一撃を重く振りおろすと、それを半端な中空で受けた剣がシゼの手からはじきとばされた。床にはねとんだ剣は数度はずんで、その動きをとめる。
剣士がさらに踏みこみ、鋭い突きがシゼの胸元へ突き込まれた。シゼが左足を軸にして半ばよろけるように体を回し、寸前で剣をよける。その体がいきなり沈んで、床を一転したシゼは、落ちている剣へ手をのばしながら起き上がろうとした。
その手がとまる。シゼの手があったはずのところに打ちおろされた長剣が、石にぶつかって大きな音をたてた。剣はそのままはねあがり、とびのきかかったシゼの顔面を剣の腹がしたたかに打った。
シゼががくりと膝をつく。その首すじに剣士が長剣をのせ、荒い息で宣言した。
「そなたは死人だ」
床を向いたままシゼは動かない。うつむいた頬を血がつたい、足元の敷石に数滴落ちた。イーツェンは顎が痛むほど奥歯を噛み、体の中に息をつめた。周囲のどよめきと歓声を、耳よりも肌で感じる。胸の奥で荒れるものを抑え込むのに必死で、ただひたすらに集中していたので、オゼルクに話しかけられた瞬間、イーツェンはとびあがりそうに驚いた。
「残念だったな、イーツェン」
「‥‥‥」
イーツェンはオゼルクの笑みへ会釈をおくる。どうやってかわからないまま、自分が微笑を返していることにも驚いていた。
「よい勝負であったかと」
「ふむ」
オゼルクの目には、彼が楽しんでいることを示す光のきらめきがあった。
「敗者は常にそう言うものだ」
明らかに周囲へ聞かせるための少し大きな声に、人々がどっと笑った。イーツェンは喉がカラカラに乾くのを感じながら笑みを返した。目のすみで、剣士がシゼに手を差し出して引き起こすのが見える。シゼは顔の血を袖で拭い、二人は周りへ頭を下げた。シゼがイーツェンの方を見たようだったが、オゼルクに時おり話しかけられていてはイーツェンはそちらへ顔を向けることができなかった。二人はそのままともに下がり、イーツェンの視界から姿を消した。
目の前に置かれた美しい青硝子の酒杯を、イーツェンは黙ったまま見つめた。中に注がれた琥珀色の液体が、硝子を通して奇妙に暗い炎の色に光る。かすかに血のような赤が沈んだ、火の色。
「顔色が悪い。飲め」
そう言ったオゼルクへ、イーツェンは棘のあるまなざしを向けた。誰のせいで気分が悪いと思っているのだ。
だがオゼルクはいつものように涼しい顔でイーツェンの視線を無視して、自分の杯を取り上げながら笑みをうかべた。
「いい林檎酒だよ」
「‥‥‥」
「リグにはどんな酒がある?」
オゼルクがふいに持ちだした故郷の名に、イーツェンは切りつけられたようにひるんだ。彼と、リグについて話すのは嫌だった。リグのことを考えると自分がひどく脆く、感傷的になるのがわかる。遠ざかった国は遠い分だけ美しさを増し、イーツェンの記憶の中でただ透きとおり、そのありえないほどの美しさがイーツェンを憂鬱にさせた。わずか二年と少しで、彼にとってのリグは本当には存在しない、夢のような幻想になっていた。
現実には存在しない、彼の夢。郷愁と孤独がつくりあげた幻のような国が、イーツェンの胸の奥にあるリグだった。うつろでいびつな、それはイーツェンの心の最後のよりどころ。
リグが本当はどんな国だったのか。時おり、二度と思い出せなくなる気すらする。覚えているはずの友人の顔すら自信がない。人の声、風の匂い、雪の色、山の季節。何もかもがイーツェンの中にだけある幻想のようだった。ユクィルスで日々をすごせばすごすだけ、リグでのすべてが遠くなる。
沈黙をとりつくろうために、イーツェンは硝子杯に手をのばし、怠惰な手つきで脚付きのグラスをもてあそんだ。オゼルクがまだ返事を待っているのに吐息をついて、答える。
「乳酒と蜜酒が多いですよ。あと山葡萄とか」
「蜜酒なんぞ子供の飲み物だ」
少しおどろいたようなオゼルクに、イーツェンはかすかな笑みを見せた。
「こちらのものとはちがって、とても強く蒸留した蜜酒なんですよ。大の男がこれを飲んでゴロリとそのへんに倒れて、翌日には頭を鋸で引き切られるような思いをするんです」
「へえ」
オゼルクは素朴な興味を見せて、軽い相槌を打った。イーツェンは酒を一口すする。オゼルクの言う通り、豊潤な甘い香りのするやわらかな味わいがイーツェンの喉を心地よくすべりおちた。濃く味の締まったユクィルスのワインより、余程イーツェンの好みだ。
オゼルクがワインではなくわざわざ選んでこの林檎酒をふるまうということが、またイーツェンを憂鬱にさせる。イーツェンが何を苦手で、何を好むか、この男はよく知っている。二年もの間、ただ無防備に、いったい自分は何をオゼルクに見せ、どこまで己をさらけだしてきたのだろう。イーツェンにとって、オゼルクのほとんどは未だ謎のままだと言うのに。
「あなたが嫌いだ」
ふるえる酒の表面を見ながら、イーツェンはぽつりと呟いた。ふるえているのは酒杯を持つ彼の手だった。
オゼルクの声はやわらかく、笑みを含んでいた。
「知っているよ、イーツェン」
部屋には他に誰もいないが、二人の口調はどちらも静かだった。たっぷりと毛足のある贅沢な絨毯と鮮やかな壁掛けが、その声をもゆっくりと吸いとっていく。
彩りにあふれたその部屋は、イーツェンが一度も訪れた記憶のないところだった。南側の翼棟の三階部。壁に大きく掘り込まれた暖炉は子供が身をかがめて入れるほどに大きく、その前に立てられた鉄の火よけ柵には剣と蛇をモチーフにした精緻な透かし彫りが施され、絨毯に透けた炎が美しい模様をゆらめかせている。
暖炉の上の壁には凝った柄の三本のレイピアが吊るされて、面頬までついた青銅の兜が飾られていた。兜の上部からは短い角のようなものが突き出て、おそらく一度も実戦に用いられたことがないのだろう、剣も兜も傷一つなく艶のある光を反射していた。
美しくしつらえられ、丁寧に手の入った部屋には、まるで生活の気配というものがない。普段は使われない客用の一間なのだろうと、イーツェンは見当をつけていた。そうならば──と、にぶい頭の片隅で低い声が囁いた。こんな豪奢な部屋を使える者は、限られている。
もう一口酒を飲んで、イーツェンは顔を上げ、暖炉の脇の壁にもたれてワインの杯を手にしているオゼルクの笑みをにらんだ。
「どうして──」
声が喉で途切れる。何をどう言えばいいのかわからなかった。オゼルクは相変わらず微笑したまま、酒を口元へはこんでいる。宴の最中に随分と飲んでいた筈で、オゼルクが客人と酒杯を干し合うのをイーツェンも目にしていたが、面長の顔に酔った気配はなかった。むしろいつもより青白くさえ見える。
イーツェンがそれ以上言えずにいると、オゼルクが唇の右端をもちあげた。
「どうして?」
「‥‥シゼを、あんなことに」
「余興だ」
「あなたは、許すと約束した──」
「だから、許した」
表情が笑っていても、イーツェンを見据える青い目に笑みは届いていなかった。
「それは私とお前の間で片づいた話だ。ちょっとした余興に罪はあるまい?」
「ちょっとした?」
怒りに鷲掴みにされ、イーツェンの声が高くなった。相手をはっきりと傷つける──時によっては殺す──ほどの力をこめて交わされたあの剣の戦いと、二人の汗と荒々しく凶暴な息遣い、たちこめる闘気、そしてシゼの顔から滴り落ちた血の色。そのすべてがむかつく吐き気となって腹の底に凝った。
オゼルクが壁から身を起こし、暖炉の方へ手を振った。銀杯に残っていた酒が火の中にひろがり、しぶきが焦げる音と煙が暖炉からたちのぼった。焦げ臭い匂いがむっと鼻を抜けていく。数秒遅れて岩が割れるような音で木がはぜ、イーツェンはびくりと身をすくませた。
オゼルクは暖炉の上へつきだした棚へ杯をのせると、イーツェンへあごをしゃくった。
「お前は少ししゃべりすぎるな。余興だ、脱げ」
「嫌だ」
「久しぶりにそんな言葉を言うな」
大股にイーツェンの座る寝椅子へ歩み寄ると、乱暴な手でイーツェンの顎をつかんでぐいと持ち上げた。昼の痛みが残る首をのけぞらせて顔を歪めるイーツェンを、オゼルクは間近に見下ろした。
そのまま物も言わずにイーツェンを見つめている。まっすぐで容赦のない冷たい凝視に、イーツェンは身が痺れるのを感じた。オゼルクの青い目に、その底のない青い色の中に、自分の本性がさらけだされているような気がした。喉に息がつまって、イーツェンは呻き声をこぼした。
「オゼルク‥‥嫌だ‥‥鎖も、外してな‥‥」
シゼは「余興」の後に消えたきり、姿を見せていない。イーツェンの脚は革枷と鎖でつながれたままだった。
オゼルクの手に力がこもり、イーツェンは寝椅子へ背中から倒された。深く詰め物の入ったやわらかな寝椅子には背もたれがない。崩れたイーツェンの体をオゼルクの左手が服の上から乱暴にまさぐり、ローブの裾をまくり上げると、剥き出しになったイーツェンの脚をなぞって、太腿を締める枷にふれた。
「足を開けないと愉しめないと言うことか? 欲が深いぞ、イーツェン」
耳元に囁くオゼルクを、イーツェンは涙のにじむ目でにらんだ。どれほど嫌悪していても、オゼルクの手が肌を這う感触にぞくりと身がふるえる。下帯の上から股間を強く握りあげられて、イーツェンはするどく息を呑んだ。
痛みと快感の入り交じった刺激が、体の深みを揺さぶる。痛みは否応なく昼の出来事をイーツェンの体に思い起こさせ、反射的に全身がこわばって肌が冷たい汗を吹いた。蟻地獄の巣に落ちたように世界が狭まって、ただ自分の体と、押し付けられてくるオゼルクの体と、自分を支配する力だけがすべてになっていく。
小さな哀願がイーツェンの唇をこぼれるが、オゼルクはまるで意に介さない。弱々しくもがく体から力が抜け、イーツェンは呻いて寝椅子へ全身を預けた。
乱暴な愛撫の下でイーツェンの牡が硬く勃ちあがってくるのをたしかめ、オゼルクはイーツェンを突き放した。
「ほら、いい子にするんだな」
荒い息をつきながら、イーツェンは寝椅子へ体を起こした。顔を伏せたまま、のろのろとした手を服へかけ、宴のためにまとった装束を自分の手でほどきはじめる。上衣を脱いで脇へたたみ、ローブの留め紐をはずして肩から服を落とし、剥き出しになっていく肌へオゼルクの刺すような視線を感じながら、身をかがめてブーツを片方ずつ足から抜いた。脚の間で、ゆるんだ鎖が小さな音をたてた。
ためらってから、首にかかっている金の鎖を外す。からみあった複雑な飾りを用心深く服の上へのせると、オゼルクが部屋のはじを顎でしゃくった。
「服はそっちに置いて、全部脱げ」
その声の中にある冷ややかな切っ先に、イーツェンは息がつまる。臆病な自分に吐き気がしたが、これ以上逆らっても何の意味もないことも身にしみてわかっていた。何より、彼は怯えていた。
壁際に置かれた天鵞絨張りの足置きへ、イーツェンは服をのせた。夜も更けて空気はやや肌寒く、その分余計に、裸の肌は暖炉の炎が放つ熱を強い刺激に感じた。
肌着を脱ぎ、下帯を取って完全に裸になると、太腿にはめられた革枷の存在がはっきりと意識される。枷と鎖だけをつけた姿でいると、まるで自分が獣にでもなってつながれているような屈辱感に頬が熱くなった。イーツェンは強い眸をオゼルクへ向ける。どうにか怖じまいとしたが、声がかすれた。
「おもしろいですか」
オゼルクがふっと笑った。
「今少しだな。芸でもするか?」
「‥‥‥」
無言のままイーツェンはゆっくりと息を吸った。怒りを呑みこんで、はねるように打つ心臓を落ち着かせようとする。
「鎖をかけられているというのはどんな気分だ、イーツェン」
「ご自分でためしてみたら如何です」
少しばかりやけ気味に言い返すと、オゼルクが、苦いものを飲んだように露骨に顔をしかめた。
「私は奴隷の真似事はしない」
その言葉にこめられた嫌悪と軽蔑に、イーツェンは凍りついた。オゼルクの青い目は暗いものを宿してイーツェンを見据え、まばたきもしない。彼の中にあるもの、彼がしっかりと抑え込もうとしている何か──憎しみとも怒りともつかない感情のたぎりが、数歩離れていてさえイーツェンを圧倒した。
オゼルクがごくまれに見せる、鋭く冷えきった激情。それは自分に向けられてはいないと、イーツェンは知っていた。だがオゼルクがかかえこむものが何なのかわからないまま、イーツェンは呑まれて立ち尽くした。
背後でいきなり扉が開いた。イーツェンは半ばとびあがるほど驚いて、裸の身をちぢめる。振り向けなかった。
乱暴に扉をしめる音がして、張りのある足音が近づくと、オゼルクが歪んだ笑みをうかべた。
「挨拶しろ、イーツェン。親愛なる王太子殿下だ」
イーツェンがためらいながら顔を向けるより、足音がそばを通り抜けていく方が早い。オゼルクによく似た、だがどこか粗削りな奔放さのある兄は、結んでいない金髪を揺らしてイーツェンに目もくれずに奥の扉へ歩み寄り、マントを外しながら悠然と扉の向こうへ姿を消した。
イーツェンはとじた扉をぼんやりと眺める。強い酒香があたりに漂っていた。随分飲んでいるようだ。だがいかに酔っていても、部屋に裸の男がいる状態をちらとも見ずに通りすぎていく神経はわからない。ほっとするよりも、不気味さが先にたった。
オゼルクが肩をすくめた。
「ローギスは、たいてい宴の後はあんなものだ。愛想を使い切るんだろうな。あれでも機嫌がいい」
「‥‥‥」
どうにも途方にくれたまま、イーツェンはオゼルクの顔を見た。兄に対する親愛の情のようなものはその声にも口調にもなく、オゼルクは皮肉っぽい笑いを唇のはじにうかべていた。
「あれが、次の王だ。ユクィルスに栄えあれ」
イーツェンが何か答えるより早く、歩み寄ったオゼルクが裸の腕をつかんだ。リグの民の、少し褐色味のあるなめらかな肌に手が這い、抱き寄せられた背中から腰の後ろへとオゼルクの愛撫がすべる。下がってきた指にいきなり尻を強くつかまれて、イーツェンは呻いた。
肌がオゼルクの服に当たり、皺のひとつひとつや盛り上がった刺繍の縫い取りに擦られる。服を脱いだ時にはほとんど萎えていたイーツェンの牡は、また勃ち上がりはじめていた。
オゼルクの指が尻を乱暴に揉みしだきながらイーツェンの体を引き寄せた。オゼルクのそれも服の下で硬くなっているのを、イーツェンは押し当てられた肌に感じる。体の奥からこみあげてくるのが嫌悪なのか欲望なのか、彼にはよくわからなかったが、そんなことはもはや問題ではない。イーツェンはすでに屈服していた。
唇をかぶせられ、熱い舌でさぐられて口を開く。オゼルクのくちづけは彼が飲んでいたワインの香りがたっぷりと残り、舌を絡めあうと酸い香りがイーツェンの口腔にひろがった。
オゼルクの背に腕を回して目をとじ、体を寄せながら、何も考えまいとした。自ら溺れはじめているのはわかっていた。心のどこかに警告する声もあったが、イーツェンには求める自分をどうしようもなかった。
どうせ拒否するすべはない。抗って状況を悪くするより、頭をからっぽにして快楽を得た方がましだった。イーツェンは服ごしにつたわってくる男の体温を求め、さらに強い愛撫を求めて全身を押し付ける。
それに何より、組みしかれ、与えられる熱をむさぼっている間は、先のことを何一つ考えずにいられた。怯えることもなく、苛立つことも、恐れることもなく。
翻弄されるだけの刹那がすぎれば自分を蔑むだけだとわかっていても、今この一瞬、何かに満たされたかった。それがどれほどうつろであっても。