部屋の扉がとじるや否や、ルディスは乱暴にイーツェンの腕をつかんで部屋の中央へ押し放した。体勢を支えようとした足の間で鎖がぎいんと張って、バランスを失ったイーツェンは膝から絨毯へ崩れる。慣れていたので声はあげなかったが、後ろからのしかかられて身がすくんだ。
「最近、あの傭兵と遊んでいるようじゃないか」
耳元に棘のある声が吹きかけられる。従順に絨毯にうずくまって体をまさぐる手に耐えながら、イーツェンは目をほそめた。これまで、ルディスがシゼの話を持ち出したことはない。オゼルクと二人で、シゼやイーツェンについて何か話し合ったのだろうか。それはあまり気分のいい想像ではなかった。
「修練なら、単なる運動ですよ。城の許可はもらっている」
「あれと寝たか?」
イーツェンは絨毯に顔を押し付けられながら喉の奥で笑った。上から顔をのぞきこんでくるルディスを目だけで見て、さらりと言った。
「あなた方だけで手いっぱいだ。ルディス、特にあなたは‥‥」
「ん?」
「荒っぽい」
そう言葉にした瞬間、前に回された手で股間を強くつかみあげられていた。激痛にはじかれたようにのけぞる体をもう片方の手でなでながら、ルディスが笑った。美しい顔はこういう時、不思議なほど酷薄に見える。はしばみ色の目の奥にじっとイーツェンを見据える無機質な光があった。
「剣を振り回す暇があるなら、まだまだ余裕があるということだな。よかったよ、イーツェン。ギーデがお前に会いたがっている」
苦痛からまだ解放されず、指で締め上げられる痛みに耐えながら、イーツェンがとぎれとぎれの声を歯の間から押し出した。
「ギーデ‥‥?」
「午餐会で会ったろう。商館の男だよ。リグの硝石も扱っている。お前をきれいだと言っていたぞ」
「‥‥‥」
目をとじて、イーツェンはルディスが腰帯を外す間ずっと動かずにいた。つまり、ルディスはイーツェンを彼に抱かせる気だと言うことだ。ゆるい絶望感がこみあげてくるのを感じまいとするが、身の奥が嫌悪にすくんだ。世界がいつからこんなふうになってしまったのか、わからない。ずるずると際限なくすべりおち、二度と抜け出すすべなどない気がした。
下帯もほどかれてローブをめくりあげられ、枷と鎖につながれた裸の下肢が窓からさしこむ陽光にむきだしにされる。ルディスが尻から太腿にかけてなでおろしながら、囁いた。
「外せ」
イーツェンは膝を立てて這ったまま、左腿にはめられた革枷に右手をのばした。こちら側だけ、シゼの手であらかじめ鍵が外されている。ルディスの部屋を訪れる前、イーツェンは彼にそれを要求したし、シゼは表情も変えずにそれに従った。
シゼは今、扉の外に立って待っているはずだった。
──待っている。何をだ? イーツェンがルディスに抱かれるのをか。それを待って扉の前にたたずむシゼのことを考えると、ふいにイーツェンは吐き気がした。
右脚にはまだ枷が残り、鎖で左の空枷をつなぎとめている。ルディスが手を後ろから回し、イーツェンの牡を手の中につつんで愛撫をくわえはじめた。イーツェンは細い吐息を吐き出しながら、快楽の感覚だけを選び取って体をなじませはじめる。どれほどそれを嫌悪していても、ルディスとの行為にはそれが必要だった。
敏感な先端をなぶられて、甘い息をこぼす。ルディスは固く勃ちあがってくるものをもてあそびながら、後ろからイーツェンの脚をひろげるように膝で押した。イーツェンは大きく脚をひらき、吐き気をこらえてその解放感を体にしみわたらせ、ルディスの動きと気配に神経を集中させた。
ルディスはイーツェンの体に後ろからかぶさり、ゆっくりと体をこすりつけた。尻のつけねにズボンの中で固くなったものが押し付けられ、イーツェンは体をゆすってその動きに応じていく。ルディスのそれが大きくなってくるのが服ごしにわかった。息が荒い。いつでも彼は何かに飢えているようにイーツェンを抱いた。
ふいにルディスの爪がイーツェンの楔の先端に押し付けられ、イーツェンは歯を噛んで苦鳴を殺した。耳元へ、かすれを帯びたルディスの声が囁く。
「淫売。この調子で、ギーデに会ったら愉しませてやれ。あれはリグに大きな隊商を送っている商人だ」
「‥‥‥」
「故郷がなつかしいか?」
国の話は、今一番イーツェンがしたくない話題だった。国でのなつかしい時間を思い出すと、時おり何もかも投げ出して終わりにしてしまいたくなる。
だが黙っていることもできず、イーツェンは快感や痛みに焦点がにじみはじめた頭でどうにかとりつくろう言葉を探した。
「もう‥‥一年半に、なりますからね‥‥」
「お前を差し出した国だ。それでも戻りたいかね」
その国と友好条約を結んだ──押し付けた──際に、「硝石の販路独占」や「王族の城への滞在」を条件としてつきつけたのはどこの誰だ、と胸の奥がちりりと焦げた。所詮、リグは山あいの小国だ。このユクィルスの軍勢がリグの隣りのアンセラを攻め落とし、山道をふさいで物品の行き交いを封じた段階で、リグは陥ちたも同然だった。
その怒りを言葉にするほど頭に血はのぼっていなかった。自分がどう答えたいかが問題ではない。ルディスがどんな答えを聞きたがっているか、その方がイーツェンには重要だった。
「私がこの城で喜んでこんなことをしていると思うなら、あなたはどうかしている」
笑みを含んだ声でそう言うと、イーツェンは体をくねらせるようにしてルディスの下から抜け出し、ローブの前がひらかれたあられもない姿をルディスへ向けた。故郷のことを頭から押し出す。帰れると思ったことはなかった。そんなふうに望みをかけることは、かえってこの城での暮らしを耐えがたくしたからだ。
(──意味はある)
ここでこうして、堕ちることに慣らされていく恥辱にも、きっと意味はある。この身がここにある、それだけが大切なことなのだから。
膝を軽く曲げ、右脚から枷をひきずりながら裸の足を大きくひらき、体の中心をさらけだして見せると、ルディスがふっと息をつめた。彼はオゼルクより煽りやすい。青銅色のくすみを帯びた金の前髪が額に落ち、その下からイーツェンを見るはしばみ色の目の中に熱のある光が浮かんだ。
ルディスが絹でできたリボンをひとつかみイーツェンへ放った。それは濃い紅に染められた美しい品で、すべらせた指に心地よく、おそらくは人の髪を美しく飾るためのものだろうにとイーツェンはばかばかしさを覚える。同時に体の芯をうっすらとした恐怖が抜けた。これがもたらす感覚を、体が覚えてしまっている。
凝視されながら、イーツェンは自らリボンを取り、リボンの中心を肉楔の根元にぐるりと巻いて少し締めた。ぐっと圧迫される感覚に顔をしかめ、指を使って互い違いにリボンを重ねながらふくらみかかった茎をいましめていく。そんな行為の最中であるにもかかわらず、イーツェンは指先に揺れる紅の色のつややかさに見入って、ふっとつぶやいていた。
「あなたの髪に、似合う色だろうに」
ルディスの頬にどす黒い怒りの色がのぼるのを見た瞬間、しまったと思ったがもう遅かった。前髪をつかまれ、絨毯に後頭部を叩きつけられて目の前が暗くにごった。顔を張られた音と衝撃が頭蓋にひびいた。痛みというにも遠い感覚がにぶく体中にひろがっていく。
そのすべてを打ち砕くような激痛がはしって、イーツェンの体がはねあがった。口からかすれた叫びがこぼれる。まだ結んでいなかったリボンをルディスが乱暴に引いてギリギリと残酷な結び目をつくりながら、イーツェンの膝を蹴って、とじかかった足をひろげた。
頭の芯までじんじんと痛みが脈打って、うまく呼吸ができない。どうにか痛みに体をなじませようとした瞬間、指に奥をさぐられてイーツェンは身をよじった。尻の間をルディスの指が這い回り、彼は窄みに容赦なく指をねじりこんだ。
「ひぃっ、やっ、あぁっ!」
悲鳴をあげる体を抑え込まれ、左足を肩にかつぎあげられた。さらけだされた体の奥に、ルディスの左の人さし指が根元まで入る。唾液で濡らしただけの指の強引な挿入は痛みをともなったが、抵抗は少なく、それを悟ったルディスが嘲る笑みを浮かべた。
「自分で慣らしたか。それとも、あの男に面倒を見てもらったか?」
「あぁぅ‥‥っ」
容赦なく奥をかき乱され、イーツェンは喉に息をつまらせて首をのけぞらせた。あらかじめ己で慣らしたからと言って、それが快感につながるわけではなく、かえってルディスの指が動く余地がある分だけ吐き気をもよおす圧迫感がひどかった。
襟元を外していないローブが体の下にわだかまり、イーツェンが身をよじるたびに布が引きつれる音がする。持ち上げられた下肢がねじれて、左の爪先が空をかいた。肩にかついだ足をつかむルディスの指が痛むほどふくらはぎにくいこみ、彼はイーツェンの快楽などおかまいなしに指を動かしながら、肌に歯をたてた。
イーツェンはどうにか体の力を抜こうとする。だが、二本目の指がねじこまれ、乱暴にひろげられていく苦痛に全身がそりかえった。
「やっ‥‥やめて‥‥っ! いやだっ! ルディ‥‥ス」
指の動きがとまり、イーツェンはどうにかひとつ息を吸った。頭を左右によじる。
「ひ‥‥ぅん‥‥」
少しずつ体の奥が熱をもちはじめていた。指の動きが一転してやわらかに撫でるようなものになり、奥の場所をなぶられた瞬間イーツェンの全身を甘いしびれがはしって、喉から呻きがこぼれた。
「あ──あぁっ、んぅぁっ」
強くいましめられた牡の痛みも、ルディスが乱暴に蹂躙した奥の苦痛も、殴られた頬の疼痛も消えてはいない。全身の痛みからのがれるように体が瞬間の快感にすがりついていく。神経が一気にたかぶり、世界がせばまって体がどこかにすべりおちはじめる。意識が体についていけない。
足をおろされ、ルディスの口が牡を含んでリボンがいましめたそれを吸い上げると、体の奥で異様な熱さがはじけてイーツェンの意識がくらんだ。いつもは結んで余ったリボンを短く切り落とすのだが、今日はそのままだらりと腹の上にリボンのはじが垂れている。ルディスがそれを指に巻いて引いた。痛みが快楽とするどく交錯し、イーツェンが調子の外れた、だが切羽詰まった悲鳴をあげる。
快感と苦痛の区別を、体が見失っていく。いつもより遥かに早く、自分が傾いていくのを感じた。そんな自分に感じる嫌悪もそのまま体の熱となって、身の奥を煽り立てる。ルディスに媚びを見せて彼を満足させるといういつもの目的以上に、イーツェンは乱暴な行為がもたらす得体のしれない惑乱に溺れていた。ルディスが放つ侮蔑の言葉も頭に入らないまま、体を満たす強烈な感覚をむさぼって乱れていく。
──何も考えたくない。
体の奥に耐えがたいほどの熱が溜まり、重苦しい欲望が頭の芯を溶かした。痛みと快楽が入り混じって全身の血をたぎらせ、強くつまみあげられた乳首の痛みにすら快感の声をあげる。ルディスの与える荒々しい愛撫が肌を這いまわり、イーツェンにほとんど呼吸らしい呼吸をする間を与えない。
奥をルディスの牡で突き上げられる衝撃が体の芯をつらぬきとおって、イーツェンは短く叫んだ。両足はルディスの肩にかつぎあげられていた。いつルディスを受け入れたのだろう。記憶はあまりにも曖昧だったが、記憶のかわりに体のあちこちに疼痛が刻まれていた。
ローブの前は完全にはだけられ、袖を通しただけの衣裳が動くたびに上気した肌を擦り上げ、体の下でよじれた。
体の奥にせきとめられた熱が一瞬また頂点近くに高まる。首をのけぞらせて、イーツェンはかすれた悲鳴をこぼした。全身がふるえ、濡れた音がするほど容赦なく感じる場所を突き上げられて体にするどい痙攣がはしった。奥まで突き込まれるたびにルディスの腰が尻の後ろにあたり、イーツェンの右足から吊りさがった空枷の鎖がはねる。
「ひぅ、あ、あ、あ──」
声がつづかない。あえいで頭を左右に振り、指が絨毯をかきむしってはひらいた。いましめでせきとめられた熱が体の奥をどろどろに溶け崩していく。それが快感だとはもう思えなかったが、飢えた体はどこまでも鮮烈な絶頂感をむさぼった。
解放がこないまま、体をのたうたせる。ルディスがふいにイーツェンの足をおろしたが、浮いた腰をかかえられていた。そのままイーツェンの体を二つに折るようにのしかかり、ルディスはギラついた目でイーツェンを真上から凝視していた。くちづけでもしようかと言うように。
イーツェンが何かを言おうとするが、唇のはじから唾液がこぼれ落ち、言葉は喘ぎにしかならなかった。腰をさらに深く押しこまれ、ビクリと体がはねて、目の焦点が浮いた。
自分を見つめるルディスを、彼はうつろな目で見上げる。
「‥‥ル‥‥ディ──」
声は喉にかかったルディスの手でつぶされていた。息をつまらせ、イーツェンは黒い目を呆然とみひらいた。ルディスの右手が喉にかかって気道をしめあげている。体をよじろうとしたが、ルディスが腰を動かして奥をえぐるようにすると、その動きが弱くなった。
息ができない。息が入ってこない。吐き出せない。頭が痺れたようになってそれ以上何もできずに、イーツェンは弱々しくもがいた。全身に緊張がこもって、奥を貫くルディスのものをきつく締めつけている。ルディスが呻いて激しく突き上げ、イーツェンは悲鳴を吐き出そうとしたが、喉は今にもつぶされるかと思う力で押さえつけられていた。
体のすべてが封じられ、何一つできなくなったようだった。ルディスの体の重みにのしかかられ、彼の牡が奥孔を獰猛に満たし、自分のそれはいましめられている。息もせきとめられ、身の内にたぎる奔流の行き場をなくしてイーツェンはのたうったが、体に残った力はかぼそかった。
ルディスの熱が奥にはじける。熱い体に注ぎ込まれる男の熱が耐えがたく、苦悶の涙をこぼしながらイーツェンの体がねじれる。息ができない。ルディスの手首をつかんでもがいたが、手の力は増すばかりだった。頭の後ろが痺れて意識が混乱する。
息が──
ルディスの重さが体の上から消え、奥から彼のものが抜かれた。イーツェンは何がおこったかわからないまま体をうつ伏せに返し、激しく咳込んだ。肘で這ってそこから少しでも離れようとするが、腕にも体にも力が入らず、その場につっぷした。
後ろから抱きかかえられ、体がぐいと持ち上げられた。悲鳴をあげてふりほどこうとした時、自分に回された腕が優しいのに気付いて、イーツェンは斜めに首をひねって腕の主を見上げた。
「シ‥‥ゼ‥‥」
その声はかすれてほとんど音にならなかった。シゼの顔が間近からイーツェンを見下ろし、彼は右手の指をイーツェンの唇にあてて言葉を封じた。黙っていろという合図に小さくうなずき、イーツェンは体の力を抜いてシゼの腕にもたれる。喉に手をあて、荒く胸を上下させながらかすれた呼吸をくりかえした。ひりひりと喉が痛む。
シゼはイーツェンを絨毯に座らせると、腕にひっかかっているだけだったローブを手早くとりつくろって乱れた体を覆った。イーツェンはその時はじめて、室内に入ってきたのがシゼだけではないのに気が付いた。
琥珀色のマントを着崩すようにはおった男が、ルディスの前に立っていた。金糸の縁取りのついたダブレットに襟元に刺繍の入ったシャツ、膝丈の黒染めの革靴。靴の革にヘラジカの角と弓を組みあわせた紋章が金で打たれているのを見て、イーツェンは相手が誰かに気付いた。呆然とその顔をあおぐ。
オゼルクにやや似ているだろうか。彼ほど鋭角な印象はないが、まぎれもないユクィルスの王族の顔をしていた。鼻筋と頬骨がするどく、頬はほっそりとしてあごには強い意志が見える。オゼルクのそれよりも濃い青の目をしていた。眉は太く眉間に濃い影がおち、口はぐいと引き結ばれている。
「ジノン‥‥」
ルディスがややふてくされたような声でつぶやいた。男を見ずに精液に汚れた楔をしまい、乱れた服をととのえる。その間、シゼが絨毯に落ちた髪の紐を拾い、茫と二人を見ているイーツェンの髪を軽く指で梳いてくくった。
「何の用だ、叔父上」
立ち上がったルディスがふたたび発した声は嫌みっぽく響いたが、明らかに虚勢がからまわりしていた。
ジノンは王の弟だった。かなり年も離れ、王その人よりは息子であるオゼルクの方に年は近く、30になったばかりというところだ。王とは異腹であり、正式の席ではオゼルクやルディスよりも玉座から離れた場所に立っていたが、王はこの末弟を息子の一人のように可愛がっているという噂だった。
ジノンは冷たい目をちらっとルディスにやったが、言葉を返そうとはしなかった。あからさまな侮辱にルディスの頬に血の色がのぼる。あえて無視する態度で、ジノンはイーツェンの前へ歩みを運ぶと、乱れたローブをかきあわせながら体をちぢめたイーツェンへ身をかがめた。
イーツェンは、肩におかれたシゼの手に力がこもるのを感じる。くたびれて混乱した体の中で、唯一それだけがイーツェンにつたわってくるぬくもりだった。それだけが彼を支えた。息をついて背すじをのばし、イーツェンは汗ばんだ顔でジノンを見上げ、それから一礼した。自分の中にこんな矜恃が残っているとは思わなかった。
ジノンの唇のはじが持ち上がる。オゼルクが人を値踏みする時のような、底をさぐる目をしていたが、笑みは不快なものではなかった。むしろあたたかく、皮肉っぽい。
「名前は、たしか‥‥」
「イーツェンと申します、殿下」
痛む喉元を抑え、かすれた声でイーツェンは答えた。ジノンと個人的に言葉をかわすのはこれがはじめてだった。
「怪我は?」
「大丈夫です」
どこまで見られていたのか、それを考えると圧倒されそうな羞恥がふくれあがるのを感じたが、イーツェンはそれを押さえつけた。今さらとりつくろっても仕方がない。顔は唾液と涙で汚れているし、シゼが直したとは言っても乱れた服は今でさえ充分以上に行為を物語っていた。
ジノンは一つうなずいた。
「リグの話が聞きたい。夕食前に部屋に来れるか?」
さばさばした口調でたずねられ、イーツェンは驚いて身をすくませたが、肩に置かれたシゼの手からは何の警告もつたわってこなかったので、一瞬間を置いてから素直にうなずいた。
「うかがいます」
「東塔の三階だ」
ジノンは微笑して腰をのばし、居心地悪そうに立っているルディスへ向き直った。
「さて。甥っ子。私はお前がシュダルトの織物組合についてまとめた案件の話をしに来たのだ。邪魔をしたかな?」
「‥‥いいえ、叔父上」
ふてくされた表情を隠しもせず、だが逆らいもせず、ルディスはうなずいて客間の奥にあるテーブルをさした。ジノンのブーツが絨毯の模様を踏みながらイーツェンの横を通りすぎていく。ルディスが刺すような目でイーツェンをにらんでそれを追った。出ていけ、という無言の言葉を聞き取って、イーツェンは絨毯を見つめた。
背後で二人がソファに座る音がする。立ち上がろうとしたが体が溶けたように何の力も入らず、助けを求めてシゼを見上げた。唇で、歩けないと訴える。
シゼはうなずき、イーツェンの肩に置いた手にかるく力をこめてから立ち上がった。早足で部屋から出ていく。
シゼが彼を置き去りにしていったわけはないとわかっていたが、その場に取り残されたイーツェンは急にひどく心細くなった。身を小さく丸める。背後にジノンとルディスが交わす会話のひびきが低く聞こえてくる。ルディスが自分へちらちらと嫌みな視線を投げているのも充分以上に承知していたが、本当に、どうやってもイーツェンは動けなかった。骨と肉がすべて粘塊になって溶着してしまったかのようで、自分の四肢に力をこめるすべすらわからなくなっていた。
ぬるりと奥孔から精液がつたい落ちる、その感触に頬が火照った。自分の体からは男の性の匂いがさぞや濃くたちのぼっていることだろう。いましめられた牡は、今は不意打ちのジノンの出現で半ば萎え、痛みは薄らいでいたが、解消されなかった欲望はたちの悪い熱塊となって体の芯にすみついていた。快感などではない。ただ重苦しいものを身の内にかかえて、彼はなすすべがない。
早く戻ってこないかと、シゼをじりじりと待つ。ふいに涙ぐみそうになって、イーツェンは口元を抑えた。このところ少しおかしい、と思う。泣くようなことではない。体など所詮、体にすぎない。誰にもてあそばれようと、そんなことは大したことではない──そう、ずっと思ってきたのに、最近、それがうまくいかない。
(シゼ‥‥)
早く戻ってこないと私はここで泣いてしまうよ。
そう心の中で呟いて、イーツェンは歯を食いしばった。自分を強く抱く。部屋には春も終わりのあたたかな陽がさし、背後で男二人は何かの数字について単調な会話をかわしていた。部屋の中はひどくおだやかな雰囲気につつまれ、イーツェン一人がひどくみじめな有り様でそこにうずくまっていた。
シゼ──
扉が静かな音をたててひらいた。シゼが部屋にすべりこみ、足音を立てずにイーツェンに近づく。腕に毛布をかかえていた。彼が、二人の王族に目もくれずにまずイーツェンへ心配そうな目を向けた時、イーツェンはほとんど泣きそうになった。
子供じゃあるまいし、と思いながら、かすかな微笑をうかべる。シゼの表情がふっとゆるみ、イーツェンの体を毛布でつつむと、彼はイーツェンの体を両腕で抱え上げた。顔にも毛布がかけられ、イーツェンはシゼの胸元へ頬を押し付けた。目をとじてまた微笑する。義務。役割。シゼが与えるものがそれだけだとしても、それでいい。それだけでこれほど、あたたかい。