暗闇にかぼそい呻きが上がった。切なげにかすれたその声は、ふいにふっつりと途切れる。まるで何かに口をふさがれたように。
布のこすれあう音と、寝台のかすかなきしみに重ね、ねっとりと湿ったような音がつづいた。濡れた唇の音。また声があがる。
「‥‥も‥‥お願‥‥い‥‥、ああっ──」
哀願は快感のあえぎに変わって、その声はしばらくとまらなかった。とぎれとぎれに絞り出される声は、ひどく追いつめられたもので、時おり悲鳴のように揺らいだ。
「ん‥‥ああぁっ! だめ──、やっ‥‥!」
切羽つまった声が快楽だけを訴えているわけではないと悟ったか、ぴちゃぴちゃと濡れた愛撫の音がやみ、少し息を乱した低い声がした。
「まだ怖いか?」
少しして、かすれた声が呻いた。
「‥‥おかしく‥‥なりそう、で‥‥」
「なっていい」
声は笑みを含んでいた。からかうような口調だったが、その奥にある愛しげな響きが反論を封じた。肌と肌がこすれる湿った音がして、また淫らな呻きがこぼれ出す。優しい声が囁いた。
「なってみせろ、イユキア‥‥」
「レイ‥‥っ」
「そんなふうに狂ったお前を抱きたい。‥‥誰も見たことのないようなお前が、欲しい──」
「や──、ひあっ‥‥」
だがその声はもう甘く、熱く、誘いすらにじんで、あきらかな快感に溺れはじめていた。布がきつくよじれたきしみを上げ、闇が大きく揺らぐ。ひどく淫らな、濡れた音がした。
「ああっ、‥‥あああぁっ!」
「熱いな、お前の体は‥‥」
その呟きもかすれていたが、もはやそれに意味のある応えなどなく、ただ我を失った短い叫びが幾度もひびいた。寝台がきしみ、汗に濡れた肌の音が重なって、快感の声はどこまでも高まっていく。荒々しい男の息づかいにも呻きがまじり、二人はただ闇の中で互いを求める快楽に溺れていた。
ゆらり、と小さな炎がともる。油燭に白硝子のほろを戻すと、火打ちを元の位置に置いて、レイヴァートは寝台のはじに座ったまま後ろをふりかえった。
投げ出されたままのイユキアの裸身が見えた。大きく胸をあえがせながら、ほとんど茫然としたまなざしで宙を見つめている。汗に濡れた白い肌のあちこちに紅潮が浮き、さらにレイヴァートが散らした愛撫の痕が至るところに散っていた。少しやりすぎたか──とレイヴァートも思ったが、ほんの一瞬だけだった。この肌に自分のしるしを刻むのは、あまりにも誘惑的すぎる。
息づく腹部はイユキア自身の精で白く汚れていた。脇机からリンネルを取り、レイヴァートはイユキアの横へ膝をつくと、丁寧な仕種で腹と下肢を拭った。開いて投げ出されたままの太腿がビクリとふるえ、イユキアは足をとじようとしたが、レイヴァートが落ちつかせるように曖昧な言葉をつぶやいて腿に手を置くと、そのまま力を抜いた。どのみち、動く力はないようだったが。
ゆっくりと肌を拭っていたが、レイヴァートはつと体をかがめ、イユキアのものを口へ含んだ。青い匂いが口腔にひろがる。肌は薄い塩の味がした。丁寧に茎へ舌を這わせて精液をすっかりなめとってから、顔を上げた。
イユキアの息が荒い。細い声で呻いた。
「レイ‥‥」
「何だ」
レイヴァートは汗に濡れた肌を拭ってやりながら、イユキアの顔へちらっと目をやった。唾液に光る唇をかすかに開き、イユキアは天井を見つめている。金の瞳が炎の色を受けて飴色に光っていた。
「まだしたいか?」
からかうように、愛しげに、レイヴァートは囁いて、赤く愛撫の色を残したイユキアの乳首に指先でふれる。イユキアの全身がビクリとした。唇が半開きになる。レイヴァートは微笑したままの唇で、愛撫に反応する乳首を含んでゆるくころがした。
「レイっ──やっ、んあぁっ!」
ばたばたと体をよじるが、まったく力が入っていない。レイヴァートがやわらかな愛撫をつづけていると、銀の髪を乱してイユキアが首を左右に振った。声が上ずった。
「だめ──」
「そんなことばかり言う」
「だって、ほんとに‥‥あああっ、ほんとに、だめっ、お願い‥‥!」
全身にまた汗がにじみ、肌がこもった欲望に湿る。引きずりこまれそうになりながら、レイヴァートは体を離した。イユキアが乱れた息であえぎつづける、その背中に腕を回して上体を抱きおこし、背中に両腕を回して強く抱きしめた。
「すまん」
耳元に囁く。イユキアは息をやっと落ちつかせると、まだ上ずったままのつぶやきをレイヴァートの首すじへ洩らした。
「‥‥馬鹿‥‥」
「ああ。そうだ。お前が欲しくてどうかしてる‥‥」
首の後ろへ手をふれてイユキアの顔を上げさせ、レイヴァートはゆっくりと唇を重ねた。それにはイユキアは逆らわなかった。舌でさぐると従順に口をあけ、入ってくるレイヴァートの舌に自分の舌をこすりあわせながら、互いにたっぷりとしたくちづけを味わった。幾度か息を継ぎながらくちづけを続け、レイヴァートはイユキアを寝台へ倒す。肌と肌がぴたりとあわさって、ほてったイユキアの体がレイヴァートを受けとめる、その感覚はあまりにも甘かった。
自分がふたたび硬くなっているのを感じた。レイヴァートは吐息をつき、用心深く身を離す。イユキアが重ねての性交を望んでいないことはよくわかっていたし、その負担を強いるつもりもなかった。
足元に蹴りやられたままの毛布をたぐり上げ、身をよせて横たわった。毛布をひろげて上にかける。イユキアはレイヴァートの肩にぐったりと頭をもたせかけていたが、右肩を下にしてレイヴァートへ体を向けた。息がまだどこか荒い。
「‥‥レイ」
「ん?」
イユキアの左手が毛布の下で動き、レイヴァートの太腿をさぐった。レイヴァートが息をつめた刹那、イユキアの手が彼の昂ぶりを握りこんでいた。ゆっくりと、手を動かして全体を愛撫しはじめる。
「イユキア──」
イユキアは答えず、五指をからめてますます硬くはりつめたものを指の腹で擦り、先端から丁寧に形をなぞっていく。レイヴァートが低く呻くと、愛撫の手が熱っぽさを増した。
レイヴァートも体をイユキアへ向け、肩に腕を回した。横たわったまま互いに顔を近づけ、荒い息をつく唇を重ねる。イユキアはレイヴァートの楔をしごきながらくちづけを求めて唇をひらいた。金の目に興奮の光が揺れているのを見ながら、レイヴァートはゆっくりとイユキアの唇を味わう。合わせた唇の中に荒い呻きがこぼれ、レイヴァートの首すじにきつい緊張がはりつめた。
吐精を手のひらで受けとめた瞬間、イユキアはレイヴァートをじっと見つめていた。唇を離し、レイヴァートが大きな息をついて一瞬目をとじた。
布で指を拭いながら、イユキアがレイヴァートへ微笑んだ。レイヴァートが体を傾けて頬へくちづける。
「イユキア」
イユキアの体を引き寄せて、仰向けにころがった。イユキアがレイヴァートの胸に頬をのせ、もつれた銀の髪をレイヴァートが指先でかきあげる。細い編み込みが幾筋か入った髪は、汗に湿って指にからんだ。髪をなでられる感触にイユキアが目をとじる。
こんなふうに肌と肌をふれあわせているのは、イユキアにとっても心地いいようだった。肌に頬をよせ、腕をレイヴァートへ回して、まだ火照った肌を重ねる。
髪をゆっくりとなでおろしながら、レイヴァートがつぶやいた。
「イユキア」
「‥‥はい?」
ぼんやりと、イユキアが答える。その髪を丁寧になでていたが、レイヴァートは何も言わなかった。イユキアが甘い吐息をついて目をとじ、力の抜けた全身をゆだねた。