エースに勲章が一つふえたらしい、というニュースを聞かされたサーペントは、何の表情も見せずにメリーをちらっと見やって、冷たいオレンジジュースを一口すすった。見かけはオレンジ色で可愛らしい飲み物だが、思いきりウォッカが足してある。
「へェ。死人に勲章ねェ。そりゃよかったね」
そっけなく、興味もなさそうな言い方に、メリーは少し意表をつかれた。馬鹿にしてせせら笑うか、笑いとばすか──とにかく、笑うと思ったのだ。だがサーペントは貝の形をした大きなソファの肘掛けに頭をのせ、もう片方の肘掛けに足をのっけて、怠惰なくの字に体を横たえたまま、気乗りのしない目つきを露の覆ったオレンジジュースのグラスへ向けているだけだった。
前を半分はだけた薄い革のシャツを素肌にはおり、下はダークグリーンのタックパンツというラフな姿だ。肘掛けにのせられた素足の指が天井を向いていた。
ソファ全体を覆うたっぷりとしたワッフル生地のカバーに体が沈みこみ、サーペントが姿勢を少し動かすたびに襞の形が変わる。照りのある糸を織りこんだアイボリークリームの布は、室内に満ちる陽光をはねかえして澄んだ色に光った。螺旋階段が中央に据えられた広いリビングは一面が丸ごと大きな窓になっていて、斜めに傾斜した窓ガラスからさしこむ光は早くも夏のような色をしている。
たっぷりとした光に照らされて、淡いクリームブロンドはほとんどプラチナに見えた。ストレートの髪を長く垂らし、ラベンダーの瞳をおだやかにまたたかせる彼は、そうしていると、天性の美貌も手伝っていっそ優雅なほどだった。
「いや‥‥今、生きてるヤツが、昔の作戦で勲章もらうことになって。で、エースが叙勲されないなら自分もいらない、と言ったんだって。当時、エースの部下だったらしい」
クリスタルの三角形のテーブルの前に立って、メリーは答えながら、ぱたぱたと右手を振った。根元から軽くさかだてた赤茶色の髪を首の後ろで細くくくり、顔は丸いが、頬骨が高くあごは細く、口元に強情そうな線がある。子供っぽい顔立ちのせいで今一つ押しの弱い彼だが、これでも有数のボディガード会社の正社員だ。
左手に薄地のペーパーVIEWを持っていた。メモリチップを内蔵した薄膜の紙状ディスプレイで、メリーは新聞をダウンロードして読んでいる。今読んでいるのは軍内広報紙。
「エースがはじめた作戦なんだってさ。スカイキューブとか言うやつ」
「新聞にそこまで載ってんの?」
やっと少し表情がうごいた。が、まだ瞳の焦点がメリーに合ったという程度だ。まっすぐ見つめてくる澄んだラベンダーの瞳に、メリーはいささかどぎまぎした。気怠そうに身を投げ出したサーペントの姿には妙な色気がある。いつもの鋭さやどこか不安定な陽気さはなりをひそめていた。こういうサーペントを、メリーは知らない。
「いや‥‥それは、ウチのデータバンクから出た話。連邦は半年粘って根負けして、結局エースに勲章を出すことになったらしい。本人死んでるから、軍預かりで」
エースは元々、連邦の軍人で、かつて「英雄」として名を刻んだこともある男だったが、自分の「死」を偽装し、今では根っから裏の人間としてサーペントの相棒に落ちついている。軍人時代のエースをメリーは直接は知らないが、メリー自身も軍属だったから、エースについての噂はリアルタイムで聞いていた。
「やっぱすげぇよなあ、アイツ」
と、元から友人だったような口を叩いてみる。目のすみでうかがうと、サーペントはオレンジジュースをちびちびすすりながらまだメリーを見ていた。相槌を打つ気はないらしいが、とりあえず聞いてはいるようだ。しゃべりはじめた以上、逆に沈黙が怖くなって、メリーはしゃべり続ける。
「今でもそんなに部下に慕われている上官なんて、そうはないぜ。知ってるか? いまだに毎年そろって墓参りしてる奴らもいるんだってさ」
グラスを傾けていたサーペントの手がとまった。顔を上げ、ちろりと上唇の滴をなめとって、彼はあまり抑揚のない声で言う。
「墓? どこ?」
メリーは何も考えずに軽い調子で続けた。
「軍人墓地だよ。もちろんエースの骨は埋まってねぇけど」
当人は生きているわけだから、これは当然。
「軍は、あいつの墓をつくらなかっただろ?」
なんだ、サーペントは知らないのか。メリーは半身だった体を回して、サーペントへ向き直った。
「軍はね。でも部下がこっそりと軍人墓地に墓碑たてたんだって。名前、入ってねぇけどな。でもあるよ、墓」
「‥‥ふぅん」
「墓と言い勲章と言い、人望あるよな。やっぱ大したヤツだよ。エースもさ、"死んで" なきゃ今ごろ少佐にはなってただろうになー」
つとめて明るくメリーは言ったが、サーペントはにこりともせずにメリーを見ていた。目つきが妙にしんとしている。メリーはふっと背すじに寒いものを感じた。サーペントの含み笑顔もそれはそれでなかなかに恐ろしいのだが、笑みのかけらもない表情で見つめられるのも怖い。
(──早く帰ってこねえかな)
噂の当人の帰還を腹の底から願いながら、メリーはエースの話題をつづけた。それ以外にサーペントと共通の話題がない。メリーは正直、サーペントが苦手だった。綺麗な顔の向こうで何を考えているのかわからない。淡い水晶のような目でこんなふうに見つめられると、プレパラートの上で値踏みされているミジンコになった気がする。いやなれるものならミジンコになって、こっそり隠れたい。
「あいつのゼンギールの撃墜記録は今でも破られてねぇしさ。"死んだ" 時には裏の仕事に追いやられてたけど、ホントはあと一年くらいで表に帰って順調な出世ルートに戻っただろうしな。元々エリートコースまっしぐらだったんだしさ」
「あー、成績よかったらしいねぇ」
やっと、マトモな相槌が返ってきた。それにホッとしたメリーは、サーペントの瞳がどんよりとした熱を帯びているのに気付かなかった。
「士官学校だろ? 札付きの上級生半殺しにして、学校の半分以上の生徒が署名して退校まぬがれてさぁ。あいつ、学校の英雄だった」
「英雄」
乾いた声でおうむ返し。
「そう。で、軍人になって "リーザ=グーズの英雄"。生きてりゃ今ごろ勲章じゃらじゃら下げてお偉方のパーティなんかに列席してたりしてんだろうなあ。エースの後ろダテの少将って上流階級とも交流多かったしさ。養子になれば、下手すりゃどっかの姫さんと婚約くらいできたかもしらんね。軍人上がりってのが好きな女も多いしさ。なんせ "英雄" だ、金も相手もよりどりみどりじゃね?」
ジュースを飲み干すサーペントの喉が数度動いた。音を立てずにグラスを床へ置き、手の甲で口を拭い、両足を回してソファから床へ降り立った。
メリーはまだおもしろそうに話をつづけている。少しノッてきた。
「ま、もう死んじまっちゃ二度と表舞台には立てねェけどな。ホント、惜しいことしたよ。生きてりゃ今ごろさぞかし──」
ヒュッと空を裂いた軌跡はメリーの目には見えなかったが、訓練を重ねた体が反応した。後ろに倒れるように体をねじり、ガラステーブルに右手をつきながら床を蹴って、腕を支点に宙で体を回す。
テーブルの向こう側へ降り立って驚きの表情を見せたメリーへ、サーペントはあからさまに不機嫌な目を向けた。鞭のような回し蹴りをくり出した一瞬前が嘘のように、彼は元の場所に元の姿勢で立っていたが、長い髪だけがまだ宙にひるがえっていた。
「うるせえよ。あのな。昔はエラかったの、生きてりゃどーのこーのって、前のことをいつまでもいつまでも」
「‥‥‥」
「阿呆」
刺々しく吐き捨て、右足でイライラと床を踏んだ。
もしかして、とメリーはサーペントを凝視する。
「‥‥気にしてるのか、あんた」
「俺が、何を?」
エースが「死んだ」のは、サーペントのためだ。サーペントのそばにいるために彼は人生を丸ごと捨てた。エース当人はそうは言わないが、今のエースの様子を見ていればメリーにもそれくらいわかる。サーペントと社会の裏側で生きるために、エースは手に入れてきたすべてのもの──そして手に入れるだろうすべてのものを投げ打って、自分を「殺した」のだ。文字通り。
そのことをサーペントが気にしていたとは、メリーは思いもしなかった。
けろりとしてエースの犠牲を意にも介さぬ様子だったサーペントだが、──わずかでも──罪悪感を抱えていたのかと、メリーはまじまじとサーペントを凝視した。それを、つついてしまったのだろうか。サーペントがいきなりキレかかった理由を、メリーはそれしか思いつかない。
「いや‥‥すまん、べつに、そういうつもりはなかったんだが‥‥」
「だから、俺が、何?」
下手に出ようとしたところを、喧嘩腰にさえぎられた。たじろぎながら、メリーは殺気に反応して思わずかまえてしまう。右拳をやや引きつけ気味にかまえた姿を、サーペントは腰に手をあてて眺めていたが、にやっと獰猛な笑いを見せた。
右足をひらき、重心をすっと落とす。
「よーし」
──あ、失敗したか?
嫌な予感がメリーの背中をつたった。サーペントは、見るからにやる気だ。両足にみごとに重心を分散させ、肩の力を抜きながら、両手をだらりと体の脇に垂らしている。一見何気ない体勢だが、強靱な力がぐっと体の中に凝縮されていくのがわかった。隙が消え、攻撃の間合いがあっというまにサーペントの周囲にめぐらされていた。
これは、降参するべきだろうか。メリーは忙しく頭をはたらかせたが、弱気に出ると攻撃的な反応をされそうな気もした。あやまろうとしただけでこの始末だ。かと言って、うかつに強気に出たらどうなるか、想像するだに恐ろしい。
太陽の前を雲が通ったのか、光が白く曇った。
ふっとサーペントが息を吐き、全身の筋肉が締まる。口元は笑っているが目から一切の表情が消えていた。何も読ませない。メリーは絡みあった視線を外すことができずに、こわばりそうになる体の力を抜きながら、瞬間の反応をとぎすまそうとする。部屋にたちこめる濃密な圧力が高まり、メリーは背中ににじむ汗を感じた。呑まれないよう、息を平静に保つ。殺気にひりつく首すじが熱を持った。
サーペントの笑みはそのまま、猫科のしなやかさで彼は一歩目を踏み出す。右。メリーの視線がついとつられて動いた瞬間、一瞬隙ができた逆側から強い圧力が迫ってくるのを感じた。メリーの背中を戦慄が抜けた瞬間、ドアがガンガンと鳴った。
メリーははっとリビングの入口を見る。視界のすみに入っていた筈だが、今の今までそこに立つ人影に気付かなかった。開け放されていたドア口に立ち、エースは眉をしかめて拳でドアをもう一度叩いた。
サーペントが息を長く吐き出し、宙にあった左足をおろした。体にはりつめていた力を抜く。それを見て、メリーものろのろと構えをとき、救いを求めるようにエースを見た。
金髪の男はメリーを見ていなかった。ブルーグレーのシャツに黒いベストとストレートパンツ、その上にライダースジャケットといういでたちで、バイクで別荘までのぼってきたのだろう、くせのある髪はやや乱れている。青い目がサーペントをまっすぐ見据えていた。
サーペントの顔にあった笑みは消え、彼はあごを少し上げ、挑むようなするどい眸でエースを凝視していた。まるでほとんど憎悪のような強靱なまなざしだった。
一瞬、誰も動かない。
メリーは何か言おうとしたが、それを片手で制してエースが大股で歩き出した。風を切るような勢いでサーペントに歩みより、肩をつかんで自分へまっすぐ向き直らせると、何も言わずに唇を重ねた。左手でサーペントの腰をかかえて引き寄せ、右手を首の後ろから回してサーペントの頭を固定しながら、強引なキスを深めていく。唇を合わせながら顔の角度を変え、深くからめた舌で濡れた音をたてると、サーペントが背をそらした体を押し付けながら両手をエースの背中へ回した。エースは唇をはなさず、さらに強く引き寄せて激しいキスをくりかえす。サーペントが唇をひらいて荒く息をつき、今度は自分からエースの唇を求めた。ぴたりと体を重ね合い、無言のままただ相手の唇をむさぼる。
うっかり茫然と見ていたメリーだが、エースが足先でひょいとドアをさしたのに気付き、あわてて目をそらすとドアへ向かった。広いリビングを壁際まで迂回して、螺旋階段をはさんだ逆サイドを回る。背後にいろいろ不穏な音を聞きながらドアへたどりつくと、ちらっと肩ごしに視線を投げた。まだ二人は唇を押しつけあって熱烈なキスをむさぼっていたが、互いに相手の服をはぎとろうと両手が忙しく動いていた。
「釣り、行ってくるわ」
小声でつぶやき、メリーはドアをしめた。部屋の中で、何かが倒れる音がしたようだった。
すべりやすい斜面を降りていく道は、一本しかない。そこを五分ほどすすむと左右は切り立った斜面からまばらな林へと変わる。クリスがアカマツの枝に結んだハンカチを見つけると、メリーはそこを折れて相棒の足跡をたどり、青い湖畔まで歩みをすすめた。いびつな三日月型の湖はおだやかに木々の姿を映し、湖のふちでは、水に半分つかった切り株に大柄な男が腰かけ、釣り糸を垂らしていた。
少し目尻のさがった、陽気で人好きのする顔立ちの男は、メリーを見て片手を振った。
「よぉ。どうした」
「駄目。‥‥しんどい」
水辺に歩み寄って、メリーは流木がちらばる岸にしゃがみこんだ。クリスはおもしろそうな顔をして、釣り竿を怠惰な手つきで引きながらメリーを見た。
大体のいきさつを話すと、クリスは喉の奥で品のない笑い声を上げた。当たりのこない糸を引き上げ、小さなバケツから取ったミミズを針につけなおしてもう一度投げる。針は小さな波紋をひろげながら水面に呑みこまれた。
「残って見物しとけよ」
「お前、その場にいたらそんなこと言えねェぞ。殺される。絶対」
「どっちに?」
「そりゃあ‥‥」
言いかかって、確信がなく、メリーは髪をかきむしるように両手で頭をかかえた。
「うーん、どっちにだろうな。意外と二人とも、見られても気にしなさそーだよなあ‥‥でも‥‥」
下らないことで悩みまくっている男の姿をクリスはじつに愉快そうに眺めていたが、メリーがはっと顔を上げ、憤然とクリスへ指をつきつけた。
「大体、お前が悪い!」
「そーだっけ?」
「そうだよ、お前が呑気に魚相手に遊んでるせいでオレは──」
「大声を出すな、魚が逃げる」
身におぼえは重々あったが、クリスは口をはさんで相棒を黙らせた。さえぎられてムッとしたメリーをちょいちょいと手招きする。
「来い。いっしょに夕飯釣ろうぜ」
「誰が──」
「エサ獲りがいいか?」
言われたメリーは、水辺に置いてある小さなシャベルと小さなバケツを見下ろした。子供が遊ぶような安っぽい、黄色と赤のものだ。これで泥の中から生き餌を掘りだしてエサに使うのだ。泥まみれの軟体生物がバケツの中でうごめいているのを見て、メリーは空を仰いだ。
「‥‥釣る」
「OK」
陽のさしこむリビングでサーペントの肌をさらし、エースは無言のまましなやかな体をむさぼった。リビングに置いてある昼寝用のベッドパッドにサーペントを横たえ、強い愛撫で体をひらかせていく。
サーペントも無言だった。エースの肌に指を這わせ、唇で首すじを吸われると呻きながら背へ腕を回し、エースの体を強く引きよせた。白い肌に紅潮がひろがって赤く愛撫の痕をさらすまで指と舌で激しく乱して、エースは荒い息をついた。組みしいた体はエースに熱く絡みつき、汗で湿っている。見上げてくる瞳はいつになく物欲しげで、エースは心臓がつかまれたような気がした。ドクリと体の奥に脈がともり、強烈な熱が溜まるのを感じる。
足をひらかせながら、サーペントの欲望に指をからませる。はっきりと快感の反応をうつす目をのぞきこみながら、エースは指の動きでそれを追いつめた。にじみだす滴を指の腹で取って、はりつめた形を指先でなぞりあげ、先端をなぶる。愛撫の強さを増すと、サーペントの唇がひらき、狂おしげな息をついて目をとじた。その唇をキスでむさぼる。
手が離れると、サーペントは膝をたて、腰をゆすって甘い呻きを喉の奥にこぼした。エースは微笑する。焦れているのが可愛かった。上気した肌は荒い呼吸に波打ち、サーペントはエースの背中に指を這わせながら時おり爪をたて、痛みと快感を肌の内にきざみこもうとする。エースがサーペントの体をよく知るように、サーペントもエースの体をよく知っていた。
低く呻いてその腕をほどき、エースはサーペントの膝をつかんで押しひらいた。その間に膝をつき、右足を肩にのせてさらに大きくひらかせると、はりつめた昂ぶりを口に含む。舌をからめながら吸うと、サーペントが切れ切れにあえいだ。意味のある言葉ではない──悪態のよせあつめだ。それもまた可愛くて、エースは舌を使いながら唇に微笑をうかべる。我ながら重症だった。
愛しいと思う。言葉がもどかしいほどに。
体を重ねられるのは、たぶん幸運なことだった。そうでなければ自分が何をするか、エースには自信がない。こうしてサーペントの体の一つ一つ、追いつめて、愛して、生々しい息づかいを感じて溺れながら、サーペントの中に自分を刻みつける。それがただ一瞬の、快感の記憶だとしても。サーペントの中にはくりかえしくりかえし、エースの記憶がはっきりと刻まれている。
これまで彼をこんなふうに愛した相手がいたのだろうかと、エースはぼんやり頭のすみで考える。サーペントはその手の問いには答えない。答えたくないのではなく、答えを持たないがゆえに。他人の思いは、サーペントにはあまり大きな意味を持たない。それを逆手に取って相手を支配する、それ以外のことに彼は興味がない。
──おそらく、自分自身の思いにさえ。
サーペントがふいに短い声をたてて息をつめ、エースの肩にかけられた左足に力がこもった。エースは口の中のものを吸い上げる。ほとんど間をおかず、喉の奥に生あたたかいものがどろりと散った。
長い息を吐き、サーペントの体がだらりと弛緩する。エースの唇が太腿の内の敏感なところを吸うと、肌をふるわせて呻いた。
「エース‥‥」
やっと名前を呼ぶ。その声は甘くかすれていた。一瞬目をとじ、エースは容赦のない愛撫をつづける。肌にゆるく歯ををすべらせると、髪をつかまれ、もう一度、呼ばれた。
「エース」
「何だ」
エースはいったん起こした体をかぶせ、汗に湿った肌をあわせながら、サーペントの目をのぞきこむ。乱れたクリームブロンドに首をぐったりあおのかせたサーペントが、微笑した。
「海の匂いがする」
「海上橋を走ってきたからな‥‥」
「手術、どうだった?」
「半々。命はある。シナプスが再生してつながるかどうか、あと半年の勝負だそうだ」
サーペントはエースを見上げながら腕をのばし、ダークブロンドを指先で怠惰にかき回す。欲望に潤んだ目をしているくせに、視線はどこかエースを通りこして遠くを見ているようだった。
「会えた?」
「手術前にな」
「そう」
うなずいて、サーペントはエースの顔に両手をかけると、強い力で引き寄せてねじるように唇を重ねた。歯茎の外側を舌先でなぞり、口腔へ舌をさしこんでねっとりと舌をからめながら、引き締まった背に腕を回して全身をゆすりあげる。エースは目をとじ、しばらく湿ったキスの官能を味わっていた。
たっぷりとした愛撫を重ねて体をひらき、膝をすくいあげて熱い奥を貫かれると、サーペントの喉から高い声があがった。呑み込まれ、締めつけてくる裡襞の快感に、エースも激しい呻きを洩らす。数回ゆっくりと慣らすように動いてからは、もう溺れるように互いを追いつめていくよりなかった。
突き上げ、挿し戻されるたびにサーペントが甘い声をたて、エースの腰に強靱な脚をからめて腰をゆすった。強い動きを受けとめながら淫らに全身でこたえ、さらにエースを深く求める。奥の性感を突き上げられ、昂ぶりを荒々しくしごきあげられると、首をのけぞらせてかすれた呻きをあげた。
狂おしく首を振って、荒い息の下でエースの名を呼ぶ。少なくともそれは自分の名だと、エースは思う。たっぷりとジェルで潤した奥はエースが突き入れるたびに濡れた音をたて、ダイレクトに感じる熱が彼を引きずりこむ。
サーペントが背をしならせた。喉から荒々しいあえぎがこぼれる。強い脈動に奥が締めつけられて、エースはこらえようもなく達していた。目の前が白くくらむ一瞬の、鮮烈な快感。何もかもを押し流し、すべての感覚を解放していく。体が熱の中に溶けたようだった。
嵐のような快感から我を取り戻すと、サーペントが微笑をうかべてエースを見上げていた。彼も酔った目をしている。汗に濡れた肌が陽光にひかり、胸や首元にエースが刻んだ愛撫の痕がなまめかしく赤かった。
「‥‥よかった?」
「知ってるだろ」
かすれた声で返し、エースは手の中のサーペントの欲望をしごきはじめる。それはまだ達していなかった。硬いそれを手の中につつみ、濡れた先端を執拗にいじるとサーペントが口をあけ、あえいだ。つながったままの体をゆすり、追いつめられるまま高い声をあげる。
手の中に白い飛沫が吐き出される瞬間、その体を強い痙攣が抜けた。また奥にきつくくわえ込まれ、熱い粘膜が絡みつく愉悦にエースは息をつめて呻く。解放の快感に酔うサーペントの表情があまりにも淫靡で、陽光にまざまざと照らされる彼の姿は煽情的だった。また強く煽られ、感じる。体の芯に。
自分の内側でエースのものが硬度を増していくのを感じたか、サーペントが顔を上げ、かすれた笑いをこぼした。はっきりと腰をゆすり、エースに押しつける。エースはサーペントを見つめながら熱い体をかぶせ、汗に濡れた肌をもう一度乱しはじめた。